桜(赤黒)
*星夜さんとの相互記念
まだ花見をした事がない火神くんのために、先輩たちが企画してくれた花見。
部活を午前中だけにして、午後はみんなで桜を見ながらゆっくり昼食を取るというだけのささやかなものだが、想像していたよりもずっと楽しい。
普通の男子高校生らしくはしゃぐみんなを見ていると、あまり騒ぐのが好きではない自分もどこかうきうきした気持ちになってくるから不思議だ。
「ちょうど満開で良かったですね」
隣で水戸部先輩の作ってきてくれたお弁当を黙々と頬張っている火神くんに話し掛けてみる。
食べる事に夢中で桜など目に入っていない火神くんは、口をモゴモゴさせながら「あー、そうだな」とだけ言って、また視線を落とす。
イグナイトでもかましてやりたくなったが、火神くんが食べているのをニコニコと眺めている水戸部先輩が視界に入り、諦めた。
ふと、目の前を桜の花びらが舞い落ちていく。
(そういえば、中学時代にも仲間たちと花見をした事がありましたね)
あれは、赤司くんの提案だった気がする。
…
「ぎゃーっ!!」
着いて早々、青峰くんに毛虫を突き付けられた黄瀬くんが騒ぎ出した。
花見用にと大量に持ってきたお菓子を一人で消費しつつ、走り回る二人を楽しそうに眺める紫原くんに対し、緑間くんは「少し落ち着け」「またそんな低レベルな嫌がらせをして」「お菓子の袋を散らかすな」と三人への注意に忙しい。
「まったく、桜を見るなんて雰囲気ではないな」
呆れた様子で、でもどこか嬉しそうに、赤司くんが言った。
桜は、満開。
目の前を、たくさんの花びらがひらひらと落ちていく。
その内の一枚を何となく掴もうとして、ボクの手は空を切って。
花びらは、ふわりとすり抜けていく。
「黒子」
呼ばれた方へ目を向けると、上に向かって伸ばされていた赤司くんの手が、ボクに差し出された。
ゆっくりと開かれた手の中には、一枚の桜。
「欲しかったんだろう?」
そう言って、赤司くんは微笑んだ。
一面の桜色の中心に、鮮やかな紅が咲く。
それは、ボクがそれまで生きてきた中で、一番綺麗な景色だった。
…
日も暮れかけ、肌寒くなってきた。
みんなでわいわい騒ぎながら何とか後片付けを済ませ、夕焼けの中を歩き出す。
途中、家のある方向が違うボクはみんなと別れ、一人で歩く。
(あ、ここにも桜があったのか)
普段は全く気にする事のないその木を意識しながら歩く道の景色は、いつもよりも少しだけ優しく見える。
「テツヤ」
不意に聞こえた、懐かしい声。
「…赤司くん?」
どうしてここに。
ボクがそう聞くよりも早く、赤司くんは言う。
「桜を見ると、テツヤに会いたくなるんだ」
ふわりと、笑う。
桜と、夕焼けと、赤司くんと、微かに染まる頬。
今、赤に支配されたこの世界で。
ボクも、赤に包まれて、笑った。