ボクの光(青火)
*800打キリリク。
WCでの和解後、ボクと青峰くんはまたこまめに顔を合わせるようになった。
すれ違いを経たが故の多少のぎこちなさはあるけれど、今ではそれすらもどこか愛しく思える。
パスが繋がり、青峰くんがゴールを決めた時の高揚感。
それを再び味わう事ができているという事実が、とても嬉しい。
しかし、彼と和解できた事で生じた嬉しい出来事は、それだけではなかった。
「今日も練習付き合えよ」
部活が終わり、日の暮れかかった校門で待っていたのは、かつての相棒。
「お前また来たのかよ。まったく、とんだバスケ馬鹿だな」
「お前には言われたくねぇよ、バカガミ」
ボクの隣を歩く現相棒の火神くんが青峰くんに答え、青峰くんもすかさずそれに返答する。
彼らはWC後、急速に仲良くなっていた。
元々の好みが似ているのもあるが、火神くんは青峰くんのバスケに憧れているし、青峰くんも何だかんだで自分のバスケへの情熱を取り戻させてくれた火神くんの事を認めているため、お互いに一緒にいて楽しい相手だと思っているようだ。
「すみません。今日は親に早く帰って来いと言われているので、ボクは帰ります。火神くん、付き合ってあげてください」
口では「そうか。しょうがねぇな」と言いつつ頬が緩んでいる火神くんには秘密だが、本当は予定などない。
実は昨日、青峰くんから「今日は火神と二人きりにさせてほしい」と頼まれたのだ。
青峰くんが火神くんの事をライバル以上の存在として認識し始めている事は、彼の様子を見て何となく気付いていた。
青峰くんのキツい目付きは、火神くんといる時だけ少し和らぎ、優しくなる。
「という事は、やっと決心がついたんですか」
「…何だ。やっぱり気付いてたのか」
「当たり前です。いつからキミの相棒をしていたと思ってるんですか」
ズズ。
手に持ったバニラシェイクが空になるのを惜しみつつそう返せば、青峰くんは「テツには敵わねぇな」と呟いた。
きっと、二人を傍で見ていれば、誰でも気付くだろう。
火神くんも、青峰くんといる時には、一点の翳りもない笑顔を見せる。
お互い気付いていないだけで、二人は両想いなのだ。
「火神には何も言うなよ」「言いませんよ」という会話を最後に別れ、迎えた今日。
勿論火神くんには何も言わず、普段通りに過ごした。
(明日、火神くんから色々聞き出そう)
確実にいつもと違う表情をしているであろう火神くんを想像しながら、一人家路についた。
…
(まさかこんな顔をしているとは…)
翌朝、昨日の出来事を詳しく聞く事を楽しみに登校したボクを迎えたのは、かつてないほど沈んだ表情をした相棒の姿だった。
「青峰と付き合う事になった」とはにかむ火神くんを予想していたボクにとって、火神くんのその表情は全く想定外だ。
青峰くんは火神くんに告白したのではなかったのだろうか。
「どうしたんですか、火神くん」
抱いた疑問そのままに尋ねる。
しかし、それでも火神くんの口をついて出た言葉は、ボクの求める答えを与えてはくれない。
「…何でもねー」
すっかり落ち込んでしまっている彼から、いつものような輝きは感じられない。
「そんな顔で言っても説得力ありませんよ。…昨日、青峰くんに何か言われたんですか?」
求める答えを得るため誘導尋問のようにそう問い掛けた途端、ボクの問い詰めから逃れようと顔を逸らしていた火神くんの肩がピクリと跳ねる。
やはり落ち込みの原因は青峰くんの言葉だ。
でも、何故だろう。彼らはどう見ても両想いだったのに。
そう考え込んでいると、それまで黙り込んでいた火神くんが薄く口を開き、「実は」と、呟くように話し始めた。
「…青峰のやつ、好きなやつがいるみたいなんだ」
は?と言いたくなるのを必死に堪え、次の言葉を待つ。
昨日の出来事についての火神くんのゆっくりとした説明を聞いて分かった事は、青峰くんが想像以上にアホだという事と、火神くんの鈍さがボクの予想を超えるものだという事。
「青峰くんはそんなつもりで言ったんじゃないと思いますよ」
やんわりとフォローしつつ、「もう一度、二人で落ち着いて話してみてください」と勧める。
「火神くんは、青峰くんの事が好きなんでしょう? このままでいるのが辛いなら、それを伝えてみるのもいいと思いますよ。それに、そんな顔をしている火神くんを見たらいくら青峰くんでも気にしますから、黙っていてもすぐバレます」
悩みながらもボクの言葉を「それもそうか」と素直に受け止めてくれる火神くんはとても可愛い。
あとは、彼をどうにかしなければ。
光同士の再度の話し合いはひとまず明日に見送り、部活後真っ直ぐ家に帰ったボクは、自分の部屋に入るなり、問題の人物に電話を掛けた。
『テツか。何だよ急に』
「何だじゃありませんよ。バカですかキミは。ああバカでしたね。本当にどうしようもない人ですね、このアホ峰」
『んだと?!』
「昨日の事、火神くんから聞きましたよ」
そう言った瞬間に電話口の怒鳴り声は治まり、代わりに小さな呻き声が聞こえた。
火神くんから聞き出した昨日の出来事。それは、途中までは予想通りだった。
いつも通り公園で1on1をした後、さすがに暗くなってきたと解散しようとした所で青峰くんは火神くんを呼び止め、「好きだ」と告げた。
火神くんはまさか青峰くんがそんな事を言ってくるとは思わず、驚いて聞き返したそうだ。
そこまではいい。
問題は、青峰くんが次に言った言葉だ。
「何なんですか、"練習"って」
『だって…火神のヤツ、困ってるみたいだったからよ、つい…』
「だって、つい、じゃありません」
あろうことか、青峰くんは「悪い、今のは練習だから」と言ったらしい。
そのどうしようもない照れ隠しをすっかり信じ、青峰くんには他に好きな人がいるのだと誤解した火神くんの「そうか。頑張れよ」と返事をする苦しそうな顔が目に浮かぶ。
いくら火神くんの真っ赤な顔が暗闇で見えなかったとはいえ、そこは否定すべき所ではない。
「困らせるのが嫌だった」なんていうのも、結局はただの言い訳だ。
「青峰くんが誤解させたせいで、今日の火神くん、すごく辛そうな顔してましたよ。好きな人にあんな顔をさせるなんて、男のする事じゃないでしょう。…火神くんをまた笑顔にしてあげてください。今それができるのはキミだけなんですから」
結局は似た者同士な彼らは素直な所もそっくりで、青峰くんも大人しく説得されてくれた。
明日、また火神くんと二人で会うと約束させ、電話を切る。
青峰くんとの連絡を電話にしておいて正解だった。直接会ってしまったら、感情に任せて何をしてしまうかわからなかった。
ボクはどうも光たちの事となると感情が昂りがちだ。
青峰くんにも火神くんにも、ちゃんと幸せになってもらわないと困る。
(明日こそ、ちゃんと気持ちを伝えてくださいよ、二人とも)
…
次の日の夜。
帰宅したボクのもとに、一通のメールが届いた。
差出人は、火神くん。
青峰と付き合うことになった。いろいろ心配かけてごめん。
相談に乗ってくれてサンキューな。
たったそれだけの簡潔なメールだったけれど、ボクは沸き起こる嬉しさを止められなかった。
良かったですね。おめでとうございます。
そう返信し、ベッドに倒れ込む。
足をバタバタさせながら、これからの光たちに想いを馳せる。
浮かんでくるのは、彼らのキラキラした笑顔。
(本当に、良かった)
明日こそは、火神くんの照れ笑いを存分に堪能しよう。
今日はいい夢が見れそうだ。
ボクは枕に顔を押し付け、嬉しさを噛み締めた。
窓から覗いた月はとても優しく、綺麗だった。