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父は優しい人だったそうです。
ボクが生まれてすぐ病気で亡くなってしまったので良く覚えていませんが、ボクの頭に置かれた温かい手のひらの感触だけは今でもたまに思い出します。
母は、父の話をする時には決まって穏やかに、そして少し寂しげに目を細め、ボクが父にそっくりだ、嬉しい、と言いながら頭をなでてくれました。
そんな母の再婚を知らされた時、ボクは正直戸惑いました。
幼いボクから見ても、母は病的なほど父一筋に見えましたから。
でも母はボクが思っていたよりもたくましかったようで、自分と息子を支えてくれる人として、写真で見た父とはほぼ正反対のがっしりとした人を選び、ボクに紹介してくれました。
その時、ボクの頭をがしがしとなでる、不器用な、それでも溢れるほどの優しさを感じさせる強い手が、どこか記憶の中の父と重なり、ボクは、この人なら大丈夫だ、と思えたのです。
それからしばらくして、ボクに弟ができました。
新しい父に良く似た褐色の肌に、キラキラと光る瞳。
強く握り締められた小さな手を見て、ボクは胸が締め付けられるようでした。
この子は、ボクが守るんだ。
幼いながらも確固とした決意で、そう感じていました。
あれは、ボクがまだ三歳の頃の事でした。
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