V
「そうか。あの二人が、ね…」
帰宅した赤司に今日あった事を伝えると、赤司は感慨深げに呟いた。
まあ、仲直りできたのなら良かったな。
そう結論付けつつもどこか釈然としない表情の赤司に黒子が問い掛けると、赤司は引っ掛かっていた疑問を口にした。
「結局、どうして真太郎が口紅を持っていたんだ?」
「ああ、それは、緑間くんが間違えたんだそうです」
「間違えた?」
「はい」
緑間くんらしい間違いですよ。
黒子は可笑しそうに口元を弛ませ、事の次第を説明した。
「高尾くんが『唇が割れた』と言ったのを聞いてリップクリームを買おうとして、間違えたんだそうです。なんでも選ぼうとした時に店員さんに話しかけられて、焦って近くにあったそれらしい物を買ってしまったとかで…。妙なラッキーアイテムは堂々と持ち歩くくせに、変なところで人目を気にしますよね、彼は。…まぁ、つまり、単に恥ずかしくて隠していただけだったんです。とりあえず、結果はどうあれ高尾くんのためにした事だとわかって、高尾くんも嬉しがってました」
「本当にどうしようもないな、あいつらは…」
「あの二人には、ずっと一緒でいてほしいですよね。今日改めてそう思いました」
「そうだな。今回の事で、あいつらもお互い再認識できただろう。でも、」
「?」
僕のテツヤを巻き込んだのは良くないな。
そう言うと、赤司は前に立っていた黒子をぐい、と引き寄せた。
突然の事に黒子はバランスを崩すが、赤司はそれをしっかりと抱き止め、肩口に顔を埋めて囁く。
「僕がいない間に他の男を家に上げるなんて、不用心すぎるんじゃないか?」
毎日お前を残して外に出る僕の気持ちも考えてくれ。
ぎゅう、と甘えるようにきつく締め付けるその腕に、黒子はそっと手を添えた。
自分を包んでいる赤司からは、大好きな彼の香りと共に、微かに自分が知らない外の香りも漂ってくる。
それに淡い嫉妬心を抱きながら、チリチリとした胸の痛みを鎮めるように優しく、赤司に言葉を返す。
「大丈夫、ですよ。ボクにはキミがいますし、キミしかいませんから。…赤司くんこそ、外で浮気なんてしないでくださいね」
黒子からの穏やかな束縛に、赤司は小さく「ああ」と呟き、頷いた。
黒子も高尾と同じように、不安を自己解決させてしまう傾向がある。
いつの間にか自分の手元から抜け出し、静かに消えてしまうかもしれない。
その恐れを、赤司は常に感じているのだ。
だからこそ、黒子が不安をこうして表に出してくれた事が嬉しかった。
行動と言葉、どちらか片方だけでは、伝わらない事もある。
伝えた"つもり"では、駄目なのだ。
今回の一件で、黒子もそれを感じたのだろう。
―あの二人に、感謝しなければいけないな。
腕の中の黒子の体温を噛み締めながら、赤司はぼんやりとそう思った。
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