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突然鳴り響いた玄関のドアのノック音に、部屋で読書に勤しんでいた黒子は人知れずため息を溢した。
やっと一息つけたのに。
そう思いつつも、仕方なく重たい腰を上げ、玄関に向かう。

ドアの向こうに立っていたのは、見慣れた緑色の長身だった。
しかし、いつもと様子が違う。
息を乱し、鬼気迫る表情の彼は、ドアが開いたと同時に黒子に詰め寄った。

「ここに高尾が来ていないか?!」と。




 …




「…なるほど。そういう訳でしたか」


持っていたカップがテーブルに置かれ、コトリと小気味のいい音を立てる。
テーブルの向かい側では、黒子に話した事で先程よりは幾分落ち着いた緑間が、それでも少しも進展していない事態に落ち込み、背を丸めて座っている。



緑間から聞いた事の顛末はこうだった。

まず、彼は昨日、仕事が終わった後に、近くに住む妹の家へ向かったのだそうだ。
すぐに帰るつもりだったため高尾には特に何も言わずに行き、実際用事はすぐに済んだのだが、軽い世間話から始まった妹の愚痴が止まらなくなり、帰れなくなってしまったのだと言う。
途中高尾に帰りが遅くなりそうだと一報を入れる事はしたが、詳細までは話さなかったらしい。
そして、明け方まで続いたその愚痴からやっと解放されて家に着くと、高尾が荷物ごと家から消え去っていた。


電話も出ず、メールの返信も来ない。
家じゅう探し回って見つけたのは、風呂場の鏡に書かれた不穏な赤い文字。

自殺でも図ったのか。でも、何故。そんな素振りは少しも見せていなかったのに。


それで居ても立っても居られなくなり、気付けばここに足を運んでいたのだという。


とにかく高尾の無事を確認したい。
そう訴える悲痛な表情は、寝不足も相まってとても痛々しい物となっている。

生気を失ったかのように俯いたままの緑間を見かねた黒子は静かに席を立ち、隣の部屋へと向かった。


「緑間くんは、いつも言葉が少なすぎるんですよ」


聞いていたんでしょう? 来てください。

自分に投げかけられたにしては不自然な後半に緑間が顔を上げると、そこに立っていたのは、先程から探し求めていた男。
自分を見つけた途端に輝きが戻った緑間の瞳を見て、高尾は口を開く。


「…真ちゃん、ごめんな」


しかしその言葉は、駆け寄ってきた緑間の腕によって遮られた。
 もう離さないとでも言うように力のこもったその腕に抱かれ、高尾も自然と緑間の背中へ腕を回す。


「俺さ、真ちゃんが女を好きになったんだって、勘違いしてたんだ。諦めようって決めてたのに、やっぱ捨てられるのが怖くて…問いただせなかった。逃げるなんて最低だな。ホント、ごめん…」


きゅ、と握り締められた高尾の手により、緑間のシャツが少しだけ引っ張られる。
同時に胸まで締め付けられるようなその行為に、緑間も言葉を返す。


「俺の方こそ、お前に甘えすぎていたのかもしれない。お前が俺の我儘を笑って許してくれる事、言葉に出さなくても先回りして求める物をくれる事。それを、いつの間にか当たり前だと思っていた。お前が悩んでいた事に、気付こうともしなかった。…すまなかったな、高尾」


普段の緑間からは想像もつかない素直な言葉、殊勝な態度。
それを引き出したのが自分なのだと考えると優越感とくすぐったさを覚え、高尾は堪えきれずに吹き出した。
馬鹿にされたと感じたのか、緑間の眉間には皺が寄る。


「はー…やっぱ俺、真ちゃんがいないとダメだわ。思ってたより独占欲強いのかも」

「ふん、初めから大人しく側にいればよかったのだよ」


そうしてすっかり元の調子に戻った二人は、緊張の解けた顔で笑い合っている。
巻き込まれた黒子も迷惑そうな顔はせず、そのポーカーフェイスの裏に暖かさを滲ませて二人を見遣った。



やはりこの二人は、一緒にいるのが一番しっくり来る。

高尾が危惧していたように、同性との恋愛は一般的ではないし、風当たりも冷たいだろう。
それでも、この二人にはそれに負けず、二人だけの幸せを手にしてほしい。


だって、諦めてしまうには、二人の笑顔はあまりに幸せそうだから。






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