V


身体が、熱い。

痛い。

息ができない。


(―助けて)


自分で選んだ終わり。

愛する人と最期を迎えるなんて、すごく幸せなはずなのに、


こんなに苦しいのは、なんでだ?




―誰に、助けを求めてるんだ?





 …





(あれ、明るい…?)


重い瞼をすり抜けて射し込んでくる陽の光に眉をしかめる。

砂浜に投げ出されている海水に濡れた全身はキシキシと痛み、夜のうちに何があったのかを嫌でも思い出させた。





彼女からの"お誘い"を受けてからは、まるで打ち合わせでもしていたかのようにスムーズに事が進んだ。


一度車に戻って遺書を書き、彼女があらかじめ用意していたという、彼女の家に代々伝わる毒を握り締めて、手を繋いで冷たい海水の中を沖に向かって歩いた。

足がつかなくなってきたところで毒をお互いの口に放り込み、目を閉じた彼女を抱き寄せたところまでは、意識ははっきりとしていた。



そこから先で朧気に覚えているのは、ひどく苦しかった事だけ。

冷たくなっていく彼女と相反して燃えるように熱くなる自分の体温。

それが彼女の体から奪ったもののように思えて怖くなり、彼女を抱く腕の力を弛めた。

そして、暗い海の底へと呑み込まれていく彼女を見ながら、意識を手放したんだ。





生き残ってしまった。

彼女を、独りにしてしまった。


「…一緒にいるって、約束、したのに」


目頭が熱くなる。
けれど、涙は出てこない。



いつからだったろう。
「強くなりたい」という思いから、泣く事を封印した。


強くなって、やりたい事があった。

けれど、肝心の内容は思い出せない。


(どっちにしても、俺は…強くなんか、なれなかった)


もしその"やりたい事"を覚えていられたら、強くなれたのだろうか。

そもそも、強さとは、何だろう。

俺は、どんな人になりたかったんだろう。

今の自分が弱いという事はわかっているのに、求めるもののはっきりとした形は、いくら考えても見えてこなかった。



焼けつくような陽射しが無防備に投げ出された全身をジリジリと焦がし、わずかに残されていた体力を奪っていく。


(このままこうしてれば、そのうち死ねるか…)



終わり方さえ、自分の思い通りにできなかった人生。
それを悲しいとも思わないほど、疲れていた。


そして、再び重くなっていく意識に従うままに、俺はそれを手放した。






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