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それなりに充実した中学時代と、さらに熱中した高校時代を終えて。
そこで燃え尽きてしまったらしい。
大学時代は、何かに打ち込むこともなく、ただ過ぎていた。
でも、そんな自分を諭してくれる女子に出会い、恋をした。
彼女は、俺の外面でなく内面を見てくれた。
努力家でいつも真剣な彼女は、たとえ一番にはなれなくても、一生懸命頑張ってる高尾くんはかっこいい、そんな高尾くんが好き、と言ってくれた。
彼女といる時には、他の人にするように相手を笑わせようと変に気を遣ったりせず、自然体でいられた。
大学を卒業して、就職して。
二人で話し合い、もう独立しても大丈夫だろうという結論に達してお互いの親に結婚の意思を伝えに行ったが、猛反対された。
俺の家も彼女の家も比較的裕福でどちらも一人っ子だったため、結婚してしまうとどちらかの家名が絶えてしまう。
そんな、こちらからすれば実にくだらない理由での反対だった。
そしてそれを境に、親たちは躍起になって俺たちに見合いを勧め始めた。
見合い写真がずらりと並んでいた頃はまだいい。
親に呼び出されて指定された場所に行くと見合い相手が待っていたり、集まった親戚一同に一気に責められたり、勝手に婚姻届を出されそうになった事さえある。
要領のいい俺はそれらを上手くかわしていたが、根が真面目な彼女は疲れきっていた。
ちょうど仕事でも行き詰まったらしく、彼女は日に日にやつれていった。
俺は心配する事しかできなかった。
ある日、待ち合わせていたファミレスに行くと、先に着いていた彼女はすっかり暗くなった窓の外をぼうっと眺めていた。
遅くなってごめんと声を掛けると慌ててこちらを向き、こっちこそ気付かなくてごめんと、力なく笑った。
そして、暫しの沈黙の後、彼女は呟いた。
「海に行きたい」
…
何年ぶりの海だろうか。
じいちゃんの葬式以来ずっと来る事がなかった、昔よく遊んだ砂浜を、彼女と二人で歩いている。
アスファルトの上を歩く事に慣れてしまった足で踏みしめる砂は、もう以前のように軽くは感じない。
だんだん重くなってきた足に疲れを感じた頃、それまで黙っていた彼女が口を開いた。
「私ね、」
目線を足下から海へと移した彼女に倣い、水平線へと目を向ける。
海は真っ黒にうねり、時折月の光をキラキラと反射させている。
まるで誘うようなそれを見続けるのが怖くて彼女に向き直ると、彼女は海を見たまま言葉を続ける。
「高尾くんに会って、高尾くんといられて、すごく幸せだったよ。…ずっと、一緒にいたかった」
過去形な言い方に、背筋が寒くなる。
彼女の言葉が途切れて静まり返る中、不規則な波の音だけがやけに耳に響く。
波の音というのは、こんなに不気味なものだっただろうか。
こんなにも、不安を煽るものだっただろうか。
昔よく聞いていた波の音は、もっと優しかった気がする。
しかし、思い出そうと辿る記憶は、今聞こえる波の音に遮られて奥へ奥へと追いやられ、遠くなっていく。
そして聞こえた、安心できるはずの、大好きな声。
「…一緒に、いてくれる?」
静寂を破ったその言葉の裏の意図は、わかっていた。
それでも、突き放す事も引き留める事もできない。
暗闇に白く浮かぶ彼女の手を、そっと握り締める。
思っていた以上にひんやりとしたその小さな手は震えていた。
彼女も、怖いんだ。
繋がれた手のひらから伝わる彼女の不安と決意。
いつも力をくれたその手は、確かに俺を求めていた。
すがるようなそれを拒絶する事など、できるわけがない。
「ははっ、当たり前じゃん!」
俺は、精一杯の笑顔で、そう答えた。
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