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彼と初めて会ったのは、家の近くの海岸だった。

当時まだ幼かった俺はいつものように砂浜に遊びに行って、そこに見掛けた事のない奴が立っているのを見付けたんだ。


歳は高校生から大学生くらいだろうか。

遠くからでもよく見える水色の髪は日光を浴びてキラキラ光っていて、今にも周りの青に溶け込んでしまいそうで。

もっと近くで見たい。
そう考えるより先に足が動いてた。



近付いてみて気付いたのは、彼が泣いているという事。

それが当たり前であるかのように、彼は声を上げたりはせず、表情すら変えずに涙を流して、ただ海を見つめていた。


「大丈夫?」


声を掛けずにはいられなくて、でも月並みな言葉しか思いつかない自分に幼いながらも苛立ちを覚えた。

けれど、彼はちゃんとこっちを向いてくれた。

髪よりも少しだけ濃い青色の瞳は潤んでいた。
いつから泣いていたんだろう。
透き通るような白い肌は目元から頬にかけてすっかり赤くなっていて、痛々しかった。


「心配かけてしまってすみません」


彼はそれだけ言って立ち去ろうとした。

あまりにも自然にそう行動されて、俺は途端に不安になった。

このまま行かせたら、彼は消えてしまうんじゃないか。
そんな気がした。


「待ってよ! 謝ってほしいワケじゃないんだって!」


初対面の人に向かって叫び、シャツの袖を掴んで睨み付けるなんて、我ながら理解しがたい行動だと思う。

でも、俺は必死だった。
どうにかして彼を引き留めたくて。


「謝ってほしいとか、いなくなってほしいなんて、全然思ってない。泣いてた理由聞いても多分何もできないけど、でも、話せば少し楽になるかもよ? 俺にだって話聞くくらいならできるから…教えて」


足を止めて振り返った彼の瞳は、何も映していないようでもあったし、すべてを見透かしているようでもあった。

その水色がわずかに細められて、唇が少しだけ動いて。


「…ありがとう、ございます」


こちらに向けられたそれが笑顔だと理解するには、少し時間がかかった。

少しでも触れれば壊れてしまいそうなほど儚く、底無しに優しく、悲しい笑顔。
ずっと見ていたいけど、二度と見たくない、そんな笑顔。

それは、見た事がないほど綺麗だった。

彼はずっとこんな風に笑ってきたんだろう。
そして、涙の理由もこの笑顔の所以も、今の自分には決して受け止められるものではないんだろう。


独りにしたくない。
でも、今の俺にできる事なんて、ない。

自分の無力さが悔しかった。


「泣かせてしまいましたね…すみません」


彼の言葉がなければ、自分が泣いている事にも気付かなかったかもしれない。

でも、俺の涙を拭ってくれた彼の手は、想像していたよりも温かかった。

ああ、やっぱり彼も、ちゃんと人間だ。

冷えきった表情の裏に、こんな温かさを押し込んでいるんだ。

このまま諦めるなんてできない。


…そうだ、今はまだ無理でも、


「いつか…」


黙ったままの彼に、独り言のように呟く。

「いつか俺がもっと大きくなったら、…もっと頭も良くなって、強くなったら。そうしたら、泣いてた理由、教えて。そんで…一緒に、いさせて」


無表情だった彼の瞳がわずかに揺れた。

今はまだ、その変化だけでいい。
彼が自分の言葉を受け止めてくれた、それだけですごく嬉しかった。


「俺、たかおかずなりって言うんだ。兄ちゃんはなんて名前?」

「…くろこてつや、です」

「じゃあ、てっちゃんだね!」


俺の名前、忘れんなよ!

そう言って、別れたんだ。





今思えば、なんて不確かな約束だったんだろう。

それ以来砂浜に行っても彼と会う事はなくて、最初はムキになって探したりした俺もだんだんと気にしなくなっていった。

中学に上がる頃には家も引っ越し、あの砂浜に行く事はまったくなくなった。



そして、彼との思い出は、そのまま俺の記憶の中に封印されたんだ。



再会の、その時まで。






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