V
黒子の異変に最初に気付いたのは黄瀬だった。
「手紙を書く」と言う黒子の言葉に、誰に宛てて書くのかと尋ねなかったのは、相手がもうわかっていたからだ。
しかし、その時点ではまだ、黒子はそうする事で気持ちの整理をつけたいのだろうとしか思わなかった。
それが毎日続く中で感じた違和感がはっきりと姿を現したのは、3年目。
黒子が「返事が来ない」と口にしたことからだった。
「当たり前じゃないスか。だって…」
そう言ってしまえれば良かった。
でも、とても言えなかった。
黒子の透き通った水色は、ただ深く、純粋さと狂気を孕んでいて。
その視線はただ真っ直ぐに、もう二度と映す事のない光を求めていた。
黄瀬には、それを黙って見つめる事しかできなかった。
黒子が仕事を辞めると言った時、黄瀬は初めて黒子の様子を他のキセキ達に打ち明けた。
それでも、誰もどうする事もできなかった。
あの青峰でさえ、黒子の真っ直ぐさを見て言葉を失ったのだ。
だから、黒子が記憶喪失になったと聞き、キセキ達は内心期待していた。
これで、彼の事を忘れられたのではないかと。
黒子はやっと解放された、と。
しかし、キセキ達の事は愚か自分の名前さえ忘れていた黒子は、一番忘れて欲しかったその想いだけ、覚えていた。
「ボク、彼が好きなんです」
そう言った黒子は、何年間も見せた事のなかった、心から幸せそうな顔で笑った。
記憶が戻らず、それでも変わらず彼を愛し続ける黒子を、ずっと見ていた。
何もできない。
キセキ達は泣いた。
きっと、彼なら、何か解決策を思い付いたのだろう。
今は亡き、彼なら…。
そんな日々が何年も続いたある朝、キセキ達が訪ねると、黒子は涙を流していた。
静かに流れ続ける、涙。
それを見て、キセキ達は悟った。
黒子は思い出したのだと。
キセキ達が来たのを認識した黒子は、彼らを見つめ、微かに震える声で呟いた。
「…赤司くんは、もういないのですね…?」
「黒子っち」
「テツ」
「黒子」
「黒ちん」
(テツヤ)
…一人分、足りない。
声を上げて泣きました。
みんな 心配してくれました。
やっと思い出す事ができた、キミとボクの、大切な仲間達。
彼らを、これ以上心配させてはいけないと思いました。
それでも、頭に浮かぶのはキミの事ばかりでした。
キミは、二度と会えない人になっていたのですね。
もう、随分前に。
この手紙を書き始めた時には、もう遅かったのですね。
ボクが伝えようと決めたのは。
恋は盲目。
キミへの想いに夢中になりすぎたボクは、いつの間にかキミの死という事実にも目を瞑っていたようです。
ねぇ、赤司くん。
大好きです。
キミがボクを置いて遠くに行ってしまったとわかっても、その気持ちは変わりません。
これからもキミを愛し続けます。
だって、こんなにもキミが好きなんです。
キミの燃えるような髪も、ボクを見る優しい瞳も。
キミの姿は、今でも手に取るようにこの目に焼き付いているんです。
キミの声も、仕草も、匂いも。
ボクの頭を撫でてくれたキミの手のひらの感触も、温かさも。
全部、覚えているんですよ。
ただ、その中にない"今"と"これから"が、辛い。
寂しいです。
赤司くん。
手紙なんかじゃなく、直接、キミの目を見て言いたかった。
本当に、今更ですが、
大好きです。
…
桜というのは、不思議な花ですね。
咲き誇る期間はとても短いのに、人を惹き付けて止みません。
そして、花が散ると、また次の季節への準備を始める。
そんなたくましさも持っています。
赤司くん。
今日もボクは、キミが大好きでした。
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