美術館(赤黒+緑)


*グロめの死ネタです。





 都心を少し外れた辺り、閑静な住宅街の片隅に、滅多に人の訪れない美術館がある。建物の重厚感はなかなかのものだが周囲から浮き立つ派手さはなく、また鬱蒼と佇んでいるわけでもない。他人から意見されることを嫌う金持ちの道楽なのか。その建物からは、ひたすら他人の目から隠れることを目的としているような雰囲気が漂っている。

 よく晴れたとある昼下がりのこと。一人の長身の男が美術館の扉をノックした。珍しさのわりに周囲に馴染む緑色の髪が、風を纏い、静かにそよいでいる。滅多に開くことのない重々しい扉は、そんな男に同調するかのように音を立てた。ゆっくりと開かれた扉の奥から、美術館の所有者である美しい赤毛が姿を現す。「ようこそ」と男を招き入れる声には、ある種の親しさが滲んでいた。

 足を踏み入れたそこは、一見水族館のようであった。液体の入った柱のような水槽、そのちょうど目線の高さに、目的のものは飾られている。

「なかなか綺麗に保たれているだろう?」

 生きて、動いていた時には敵わないけれど。
 館長の独り言のような呟きに、男は言葉を返しはしない。

「お前ほどではないが、よく切り揃えられた爪だろう。この手が、あの生きているかのようなパスを生み出していたんだ。」
「ほら、見てごらん。薬品になんて触れたら傷んでしまうかと思ったけれど、この揺れ方。こうしてじっと眺めていると、ボールを追って走っている時に、何となく似ている気がしてくるんだ。海藻のような意志のない揺らぎ方ではない。こんなに儚い色をして、細くて、強い。」
「ああ、これはね。そのまま保存できればそれが一番だったんだが、なかなか目を開けてくれなくてね……。これだけくり抜いて、別にしておくことにしたんだ。中心の水色にばかり気を取られていたが、周りの白も見応えがあるだろう? こんな綺麗なものを見逃していたなんて、僕としたことが不覚だったよ。もったいないことをした。」

 それは説明に見せかけたただの感嘆なのだと、男はとうに気付いていた。ひとつひとつの水槽を前に語られる言葉は、収蔵品の美しさを讃え、永遠を欲している。楽しげな声色が、かなしく響く。
 生き生きと館内を案内していた赤毛はやがて、一つの扉の前で立ち止まる。

「ここから先は、まだ準備中なんだが」

 先程までの勢いはどこへ消えたのか。館長はさも自信なさげにドアノブに手をかけた。頻繁に開閉されているのであろう扉は、錆び付いた音の一つも響かせず、静かに開いた。
 今まで見てきたものと同じ、柱状の水槽。中に会ったそれの今までのものとの相違点は、そこに何も飾られていないこと。

「何をしてでも手に入れたいんだが、どうしても見付からなくてね。これさえ手に入れば、この美術館は完成するのに。」

 愛しそうに、切なそうに、館長は水槽を撫でる。

「心だけが、手に入らないんだ。」



 ……



 建物を出た男は、再び閉ざされた扉の前でようやく「このままでいいのか」とだけ溢した。
 今はいいんです。透明な風がどこからともなくそよぎ、男に囁く。
 ボクは、あんな風に捕らえられてではなく、自分の意志で彼の側にいたいので。
 男は短いため息だけを残し、その場を後にした。



2015.6.1





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