梅雨入り前(赤黒)


 遥か上空から落ちてくる水の塊は、決してその悲劇的な状況を嘆くことはないのだろう。今日も、様々な色が入り乱れる地上へと飛び込んできた透明が、途切れ途切れにぴたぴたと弾けている。梅雨入り間近の休日を自宅で過ごす僕の耳は、雨粒によって奏でられるその賑やかな響きを楽しんでいた。
 習い事に追われていた幼い頃。一年を通して同じ温度に保たれた室内は季節を肌で感じさせてはくれなかったが、天気はそれとは関係なくコロコロと移り変わり、変化を楽しませてくれた。晴れの日には、疲れた身体に降り注ぎ寝かしつけようとする温もりを。曇りの日には、無理に目覚めさせようとせず放っておいてくれる優しさを。そして、雨の日には。

「小さい頃は、『雨の日には外で遊べない』なんて考えませんでした。」

 曇った窓をぼんやりと見つめたまま、まるで窓に語りかけているように黒子は呟いた。明るくも暗くもない空色を背景に、湿気を含んだ髪が、ただでさえ影の薄い彼の輪郭をより一層ぼやけさせている。

「風邪を引くとか、服が汚れるとか。そういう理由なんですよね。」

 淡々としながらも少し弾んだ調子の彼の声。外で遊んだ記憶の乏しい僕は、ソファに腰かけたまま、黙ってその声に耳を傾けていた。しっかりと閉じられた窓の向こう側で踊る雨粒は、僕たちが何を話しているかなど知りはしない。

「それでもやっぱり、泥遊びは好きだったんですよ、ボク。」

 視線を後方の僕へと移し、黒子はいたずらっぽく微笑む。「一緒に遊ぼう」という呼びかけのようなそれに誘われて立ち上がった僕も、黒子の隣で窓に向かって立った。
 キュ。ガラスに触れた指先が高い音を奏でる。

「雨の日に、こうしてガラスに絵を描くのが、僕は好きだったんだ。」

 簡単な雨粒マークを一つ、白い窓に描いた。指先で集められた水滴が、作り物の雨の下をツ、と流れ落ちていく。
 黒子の白い指先が、僕が描いたものよりも一回り小さな雨を作り出す。

「堂々と落書きできるのって、気持ちいいですね。」

 もう一つ、さらにもう一つ。まだ白いキャンバスを求め、窓の上の方に手を伸ばす。
 あの頃はとても手の届かなかったものにも触れることができるようになった。あの頃よりも大きくなった手は、隣に立ってくれる人と共に、自分たちだけの景色を描いていく。
 窓を埋める不器用な雨粒はいつの間にか、過去に思い描いていた曖昧な輪郭の確かな形として、僕と彼の瞳を満たしていた。



2015.6.1





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