月うさぎ(赤黒)


 ちくちくと目に刺さる光は、流れる水が反射したもの。一晩中降り続いた雨のおかげですっかり新しくなった川は、水底の石まで透明になってしまったかのように澄んでいる。
 ふと、岸辺で長い耳がぴょこりと揺れた。どうやら低く屈めていたらしい身体が思い切り伸びをすると、ふわふわのやわらかそうな耳も、広々とした世界を空気ごと受け止めようとして真っ直ぐにピンと立つ。
 邪魔にも見えるうさぎのような耳に、地球に住む人間のような身体。その不思議な生き物は『黒子』という名を持っていた。

 昼夜を問わない眩しさに無意識に目を細めた黒子は、何も言わずに、ビー玉がずっしりと詰まったカバンを肩に下げた。大きいもの、小さいもの、あかいもの、あおいもの。カバンの中には、そんな様々なビー玉たちがぎっしりと詰められている。黒子は、昼のうちに川の水にさらしてピカピカに磨きあげたそれらを上から順につまみ、ひとつずつ丁寧に、紺色の地面に並べていった。地道なその作業に没頭していくうち、肩に食い込むカバンの重さも、次第に気にならなくなっていた。
 こつん。さ迷った指先がバッグの底に触れた。カバンいっぱいに詰め込まれていたビー玉は、気付けばもう数粒を残すのみだ。
 歩いてきた跡を振り返ると、見渡す限り群青一色だった場所に散りばめられた小さなビー玉が、ひとつひとつ、色とりどりの輝きを見せている。それを瞳に納めると、黒子は満足げに目を細めた。

 ビー玉を並べるというこの仕事は、単純なようで癖のある作業だ。
 大した違いはないように見える小さなビー玉一つ一つが持つ意味は意外に多い。大きさによって異なる重さは力の強弱を生み出し、年月を経ることで色も変化する。まるで生き物のようなビー玉たちは、相性の悪さゆえに反発したり、逆に引かれ合ったりして、全体でのバランスを絶妙に保っている。ご機嫌取りや仲介を兼ねたビー玉たちの世話をしつつ、夜空をあるべき状態に整えること。それが、黒子が任されている仕事だった。
 その仕事の意味を、黒子は理解しきってはいない。
 この綺麗な星空は、みんなのものであり、誰のものでもない。何のためにあるのか、それも誰にもわからない。もしかしたら、今のバランスが崩れても何も起こらないかもしれない。もしかしたら、何もかもが変わってしまうかもしれない。紺色の地面の一番端を黒子が見たことがないように、考えられる「もしかしたら」には果てがない。
 だから、あらかじめ定められた置き場所を不用意に変えることなど黒子は考えもしなかったし、本来の意味が失われる恐れがある状態で「仕事を果たした」と宣言したくもなかった。それに、不安定で先の見えないこの"今"は、一時の気の迷いで壊してしまうには勿体ない。そうも思っていた。

 速さ以上に丁寧さが求められるこの作業は黒子の性分に合っている。黒子はこの仕事に誇りを持っているし、その中に自分なりの楽しみを見出してもいた。
 指先の感覚を頼りにカバンの中から目的のビー玉を探し当て、大事そうにつまみ出す。

「今日は、この二つは、ここに。」

 決して大きいとは言えない、けれど大きいものに負けず劣らずピカピカ輝く、赤いビー玉と青白いビー玉。丁寧に二つを並べ、黒子は「ふぅ」と楽しげに息を吐いた。
 ビー玉の配置に関する大きさの縛りは多いが、色についての制限はそこまで厳密ではない。つまり大きさの規定さえ守っていれば、色の方は黒子の好きなようにしていいことになっているのだ。色の組み合わせを考えること、それは黒子がこの仕事に見出だした楽しみの一つだった。
 しかし、最後に残した二つのビー玉はとても相性が良いため、どこに配置するにも必ず隣り合わせと決まっていた。離れた場所に置かれた二つの光は、消えそうなほどに弱々しくなるか、燃え尽きそうなほどに痛々しくなるかのどちらかで、とても見ていられないのだ。その代わり、両方揃った時には、互いに競い合うように、実に楽しそうに煌めく。その輝きこそが、黒子にとっての一番のやりがいなのである。

 今日も元気に瞬き出す二粒は黒子の口もとを無意識に弛ませる。そして、今日も無事に仕事から解放された黒子の意識は足下を離れ、遥か彼方の地球へ、毎晩二つの星を楽しそうに探す人間のもとへと向けられる。

「あのひと、今日は気付くでしょうか。」

 癖のように夜空を見上げる人。その人が俯いた時の顔を黒子は知らない。ただ、その人の顔が上を向く時にちらりと見える二色の光、自分の足下にある二つのビー玉と同じような生き生きとした瞬きが、黒子は好きだった。
 今日もあの光に会えますように。
 願いがどこかに飛んで行かないよう両足で地面を踏みしめた後、黒子は二つのビー玉の隣に腰を下ろした。静かに夜を待つ黒子の頬は、赤と水色の薄明かりに照らされ、ほのかに染まっていた。



2015.5.5





QLOOKアクセス解析



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -