Banana moon(赤黒)


 布団から出た肩が熱を逃し、身を震わせる。微睡みを邪魔されたのはこれで何度目だろう。肩から腕へ、薄い感覚を頼りに冷えた肌を辿っていけば、ちょうど一時間ほど前、眠りにつく彼が「おやすみ」と言って重ねてきたままの手に行き着く。無造作に被せられたそれを振り払えば容易く布団の温もりに浸れる。それくらい知っているというのに、自分を縫いつける軽い重みを突き放せない優柔不断なボクは、その事実に気付かぬふりを続けていた。

 分厚いカーテンの向こうの空は帰宅時のままだろうか。群青一色の空でひとり、ゆらゆらと光を放っていた月をボクはまだ覚えている。綺麗な円形ではない欠けた月。その歪な形に、昼の間絶えず張り詰めていた心はようやく緩んだ。すべてを明るみに晒す太陽が眠りについた今は、待ちに待った、暗闇という布団にくるまることができる時間なのだ。人目につかぬよう必死に背中の後ろに隠してきた疲れやため息を宵闇に預け、無防備な伸びをする。こんな夜にまで完璧である必要など誰にもない。
 しかし、あくまで自分勝手な暗闇は、見たいものや見せたいものまで覆ってしまった。昼間、とめどなく溢れそうになる恐怖から、胸中に抑え込むのに必死だったはずの言葉たち。帰ったら思う存分吐き出そう。飲み込むたびにそう決意していたはずだったのに、いつの間にか、それは月の欠けた部分と共にどこかへ隠れてしまったようだった。ぽつりと明かりが灯る家のドアをくぐってから寝床につくまでに彼と交わされた言葉は、わずかなあいさつ程度に止まった。たくさんあった話題は夕食と共にことごとく腹の底へ沈み、そこですっかり落ち着いている。夜の闇は何でも曖昧にしてしまう。そしてそんな身勝手さを、ボクは未だに憎めずにいる。

 微かな月明かりが分厚いカーテン越しに届くことはない。真っ暗は心もとないからと間接照明のみが灯る寝室で、彼は寝息も立てずに眠っていた。安らかな寝顔、という表現がしっくりくるけれど、それでは死んでいるみたいだ。彼が生きているからこそ軽く片付けられるその思考に頬を弛めながら、かじかんだ指先をきゅっと絡めてみる。
 起きている時でも、そんな安心しきった顔、しないくせに。

「どうしてそんなに、」

 問い掛けた相手はとうに夢の中へ旅立っている。ボク自身、返事が来ないとわかっていたから尋ねたようなものだ。
 いつまでもこうして隣にいることが当然だとは思えない。それでも今、一瞬目を閉じた隙に彼がいなくなることも有り得ないと知っていた。
 曖昧だ。すべてが。
 ふわふわと覚束なくなり始めた頭が、すがるように、絡んだ指先に力を込めた。



 …



 目覚ましが鳴る前に赤司が目覚めるようになったのは、寝室を黒子と共にしてからのことだ。彼との生活は、時計に仕切られたそれまでの赤司の生活を変えた。時間に関わらず眠いと思った時に眠り、自然に目覚めるのを待つ朝。過去の自分が知れば「自堕落だ」と拒絶されそうな日々に、今の赤司は愛しさを感じている。
 隣の温もりがまだ動き出さないところを見ると、どうやら昨日はいつもより少し夜更かしをしていたらしい。寝付く前の寂しい闇の中で一方的に寝顔を拝ませてしまった代償としてキスの一つでもプレゼントしてしまおうか。そんないたずら心が、覚めきらずにいる意識と相まって、未だあどけなさの残る寝顔へと顔を近づけさせる。赤司の耳に届いてくるのは、すうすうというあどけない寝息。その無邪気さに毒気を抜かれた赤司は、空気の通り道を塞ぐ代わりに額に優しく口づけた。
 起床時間には少し早く、本格的な二度寝に入るには少し遅いこの時間。朝方の冷え込みに目覚めることはまだ少なくないが、季節は着々と冬から遠ざかっているようだ。少し前まで真っ暗だった目覚めの景色が、今はもうカーテンの向こうでうっすらと白み始めている。隙間から差し込む筆先のような朝陽はこの暗い部屋をも塗り潰したがっているが、それはもう少し待ってもらおう。

「どうしてって、理由を言ってもいいの?」

 視界が不自由に暗む中、彼の寂しそうな声が「どうして」と問い掛けてきたのは、夢の中での出来事だったかもしれない。聞かれても、彼の納得のいく返答は出来そうにない質問。その明確な答えは赤司も未だ模索中のため、曖昧なまま片付けてしまう方が都合が良い。
 寝起きから打算的な思考を打ち出す頭への自嘲を込め、口端をわずかに持ち上げる。
 見えないことに付きまとう、背中合わせの安心と不安。すべてが見えるわけではないこと、見えるものがすべてではないこと。

「この指先が答えだよ。」

 絡められた指先が伝えてくる冷えと心地好い痺れが、この一晩を教えてくれる。隣で眠る彼にもきっと、察しはついているのだ。





診断メーカー:『僕から君へ、あいの言葉』
・粋の黒子から赤司への愛の言葉:欠けた月に想いを寄せる夜、するりと指を絡めとって「どうしてそんなに、」
・粋の赤司から黒子への愛の言葉:世界が霞む早朝に、隣に座って「どうしてって、理由を言ってもいいの?」



2015.3.22





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