ニーハイ(赤黒)
いつも通り机に向かい、打ち付けそうになる頭を必死に支えていた夜。足先からじわじわと攻めてくる寒さが冬の訪れを感じさせる季節です。
そろそろしもやけ対策をしないと。
集中できない頭が勉強そっちのけでそんな事を考え出した頃、階下の母から呼び声がかかりました。
「テツヤ宛ての荷物が届きましたよー!」
ウキウキした声色から察するに、どうやら赤司くんからの荷物のようです。
自分たち二人の関係を明かしてからというもの、母は何かと意味ありげな態度を取るようになりました。煩わしく感じる事がないとは言いませんが、身近な人に理解し、受け入れてもらえるのは、やはりありがたい事だと思います。
自室に戻り箱を開けると、中には、膝の上まで届く丈の長い靴下が数足と「明日からこれを履くように」という短い手紙。
こんな季節です。ボクが寒がりだと知っている赤司くんは、彼なりに考えてくれたのでしょう。
せっかくの好意を無にするのは憚られたので、翌朝、早速その靴下を履いてみました。慣れないので苦戦しましたが、一度馴染んでしまえば暖かく、落ち着くものでした。
その日の夜。
部活を終えてちょうど帰宅した頃、まるで見計らったかのようなタイミングで赤司くんから電話が来ました。
『テツヤ、プレゼントは気に入ってくれた?』
「はい。とても暖かいです。ありがとうございます。」
『そうか。それは良かった。』
微かに聞こえる安堵のため息。受話器の向こうの声はこちらの反応を純粋に喜んでくれているようで、ボクにはそれが、突然のプレゼントより何より嬉しく感じられました。
「でも、どうしたんですか? いきなり靴下なんて。」
『あぁ…チームメイトに勧められてね。』
「チームメイト?」
『「僕の恋人は寒がりだから体調を崩していないか心配だ」と言ったら、是非に、と。…絶対領域が何だとか言っていたが、それは何の事だろう?』
「さぁ…? ていうか赤司くん、周りの人にそんな事まで話してるんですか?」
『当たり前だろう。テツヤについて話さないで何を話すと言うんだ?』
「…はぁ。」
他にも色々話す事はあるでしょうに。
そう思いましたが、口には出しませんでした。何だかんだ言いつつも、恋人の思考が自分で埋まっているというのは嬉しいものなのです。自分の顔が相手に見えないのをいい事に、盛大にニヤけてしまう程度には。
『あぁそうだ。写真を送ってくれないか?』
「写真…ですか?」
『そう。それを勧めてくれたチームメイトに、恋人がその靴下を履いているところを見せてくれと頼まれてね。』
「でも、ほとんどズボンの下に隠れてしまっていますが…。」
『履いている事が分かればいいと言っていたから大丈夫だよ。』
「そうですか。では電話を切ったら送りますね。」
『ああ。…テツヤ。』
「はい?」
『冬休みには、そっちに帰るから。』
「…はい。お待ちしています。それでは。」
『うん。おやすみ。』
「おやすみなさい。」
別れ際は長引かせると辛くなるだけ。お互いそれを知っていたから、すぐに電話を切りました。
呆気なく戻ってきた静寂にため息を一つ。
約束した写真を撮るため端末に付いたカメラを足下へと向けると、ズボンの裾から、赤司くんからの贈り物である黒い靴下がちょこんと覗いています。
それはまるで、彼の優しさのようにささやかで。
「とりあえず、周りの人に良くしてもらっているとわかって安心しましたよ、赤司くん。」
そんなひとり言と共に、画像を添付したメールを送ったのでした。
…
そして、後日。
「…違う……。」
珍しく生き生きとした瞳の、ライトノベルをこよなく愛するいちバスケ部員は、自身の所属する部活の主将を務める後輩から送られてきた添付画像を開いた途端、激しい落胆の溜め息を溢しました。
そこには彼が期待していたような眩しい絶対領域や細く柔らかそうな脚などなく、代わりに男物と思われる制服のスラックスと、裾から少しだけ覗いた黒い靴下が見えるだけでした。
「童顔の儚げ美人だって言うから思いっきり期待してたのに…ていうかこれニーハイの意味ないだろ……?!」
尽きる事なく溢れ続ける愚痴の数々を、彼の傍らに置かれたライトノベルに描かれた妹だけが静かに受け止めていました。
2014.11.28