消毒(赤黒)


*人外。消毒液×バイ菌です。







 光の射さない温かな海を、冷たい流れに乗り、深く深くへと潜る。当ても果てもないように見えるこの旅路には終点がある。そこに辿り着くことに達成感を抱けるかどうかはわからない。しかしその目的地は、引きずられそうになる意識を確かに保つのには役立つものだった。
 生まれた意味が明確に提示されているというのは幸せなことだ。それを生涯求め続ける生き物の存在を耳にした時にそう思った。意味を求めてさ迷い、時に過ちを犯す、遠回りな生き物。場所も行き方も知らされないゴールを探り、悩み貫いて終える生涯。その一生を否定する気はないが、ただ、哀れだと。そう感じざるを得なかった。
 終点のわからない暗闇ほど不安なものはないだろう。それを思う時、僕は、この道程の先に見える光に安堵する。
 終着点となる"彼"は、もうすぐそこに見えていた。


 辺り一面に転がる喧噪の跡を避けながら奥へと進むと、漆黒の中、"彼"は水色に浮かび上がっていた。近付くほどに明確になる傷の跡が、僕がその場に辿り着くまでに彼の身に起きた出来事を切々と語っている。

「環境自体は、とても居心地のいいところなのですが。」

 すぐ目の前まで迫っていた僕の気配にようやく気付いたらしい彼は、座り込んだまま顔を上げることもしない。どうやら歓迎してはもらえないようです。自嘲気味な嘆息は声をかけられることを拒んでいるようで、心へ近付くことが叶わないならせめてもと、また少し、彼の方へと歩み寄った。
 彼の存在意義は決してこの小さな暗闇の破壊ではない。しかし、彼が「居心地がいい」と称したこのセカイにとって、異端者である彼はあくまで毒でしかない。よくわからない物は排除するというのがこのセカイの理。彼とこの場所は、どこまでも相容れない。
 俯いたままの彼の目の前に手を差し出すと、彼は不思議そうに首を傾げた。何も知らないボロボロの彼。そんな彼に微笑みを投げかける僕だけが、彼がこれ以上傷付かずに済む方法を知っている。

「君と死ぬために、僕はここに来た。」

 用件だけを手短に伝える。初めてこちらに向けられた瞳は、深い絶望の中に一筋の強さを滲ませている。
 彼に会うために生まれてきた。彼を殺すため、彼と共に終わるために生まれてきた。
 終着点に向けて一歩を踏み込んだ事実で声が震えそうになるのを必死に抑える。表面上は静かな僕の誘いを見つめる彼は、無言。

「この手を取って欲しい。一緒に無に戻ろう。」

 悩んでいた時間は数秒にも満たなかった。
 ふわ、と。散るためだけに慎ましい笑顔を咲かせ、彼は僕の手を取った。途端に重なった手のひらの焼け付くような熱さが顔を歪ませるが、それさえも受け止め噛み締めるように、薄い唇は返事を綴る。

「キミと一緒なら。」

 衝動のままに、今にも溶け切ってしまいそうな手を首へと巻き付け、距離を埋めた。特有の香り、触れた部分から変性していく細胞。本来の機能を果たせなくなった身体はこれ以上の生命維持を望まない。ただ、感じることこそ生きている証だと、残った神経を研ぎ澄まし、余すところなく痛みを拾う。
 腕の中から逃げずに微笑みを貫く彼も、きっと、同じ達成感を抱いている。
 朽ちゆく身体は最期、声にならない音を、微かに捉えた。



(キミに会うために生まれてきました。)



2014.11.21





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