チューリップ


 天気が良ければ紅葉を見に行こうと話していた。心待ちにしていた今日は快晴。突き刺すような日差しは年老いた身に刺激が強すぎて、こんな日に出掛けては倒れてしまいそうだと苦笑し合ったのが起きがけのこと。遠出するのは先延ばしにして今日はおとなしく庭でもいじろうかという結論に落ち着いたのが、つい先程、朝食を終えた直後のことだった。
 ちょうど植え付けに適した時期だったようで、花壇の準備のため訪れたホームセンターにはチューリップの球根がずらりと並べられていた。球根の入ったネットに貼られた色とりどりの写真を眺めながら「キミは何色が好きですか」と尋ねたところ、彼は「全部きれいだ」と目を細めた。その返事が何だか嬉しくて、少しずつたくさんの種類の球根を買い、ボク達は店を後にした。


「チューリップの種というのは見たことがないけれど、結実しないわけではないようだよ。ただ、種から育てると、花が咲くまでに何年もかかる。だから一般的に出回っているのは球根なんだ。」

 大きな球根を育てるためには、花びらが散った後すぐにめしべと子房を切り取り、種を作るための養分を根に回すと良いらしい。家までの長くない道の途中で赤司くんが教えてくれた。返したのは「へぇ」という簡潔な相槌のみだったけれど、後に続いた無言が不満の表明でないことは、お互い何となく判っていた。
 種子を付けるのが目的でないなら、この花は何のために咲くのだろうか。そんな疑問が一瞬だけ浮かび、すぐに消えた。


 パラパラと肥料をまき、花壇の土に軽く混ぜ込んでから表面をならす。ネットから出した球根は色も種類もごちゃまぜにしてしまったので、どこに何色が咲くかはその時になってのお楽しみだ。

 チューリップは愛の花だと聞いたことがある。色ごとに異なる花言葉がみな愛をテーマにしているのだと。中には消極的な意味合いのものもあるようだけれど、それも含めて素敵な花だと思う。
 花の色がひとつではないように、愛の形もひとつではないと知った。失ってきたものもあるが、得たものはそれ以上に多い。種から芽吹くものばかりでないのと同じように、花の咲く意味だっていくつあってもいい。嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、辛いこと。経験してきたものすべてが今につながっている。そして、彼の隣で過ごしているそんな”今”を、ボクは愛しく思うから。
 花壇に並べた球根に土をかぶせれば、あとは芽吹きを待つばかり。このつぼみがほころぶ頃、キミとボクは、何を手にしているだろう。

「春が待ち遠しいですね。」



2014.9.27





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