統合(赤司)


 敗ける。
 そんな事実一つに憔悴し切るその姿は、酷く惨めなものだった。

(あの時の俺も、こんな風に見えていたんだろうか。)

 自分を現在の歪な状況へと追いやった直接の切っ掛けである出来事が思いを過る。決して嬉しい記憶などではないはずのそれに遥か昔の懐かしさを感じ、俺は苦い笑みを溢した。



 今、俺は、自分でも不思議なほど冷静に、自分である"彼"を他者として眺めている。
 立場ゆえの重圧、初めて感じた『置いて行かれる者』の焦燥。彼を生んだのは、それに耐えきれなかった自分の弱さだった。
 いつの間にか重荷となってのし掛かった『百戦百勝』の文字により、確かに感じていたはずのバスケの楽しさは奪われた。
 逃げ出してしまいたい。
 そう願うことすら思い付かなかった俺は行き場を失い。気付けば、自分という固い殻の中に逃げ込んでいた。

 新しく得たその居場所で、初めのうち、俺はひたすら眠っていた。
 あんなにゆっくりと眠ったのは初めてだと思う。物心ついた頃から生活を秒刻みで支配していた厳しい教育。それに不満を感じたことはなかったが、きっと感じる暇がなかっただけなのだろう。
 どうやら思っていた以上に疲れていたらしい俺は、夢を見ることもなく、ただ眠った。

 目が覚めると、またしても、それまで経験したことのない状況に陥る。
 何もすることがないのだ。
 唯一できることといえば、大きなスクリーンに映し出された映像を眺めることだけ。目の前で動く『強い』主人公と『強い』仲間達。淡々と移り行く映像には感動も何もなく、全てはテレビの中、空想の出来事であるかのようだった。
 「この物語はフィクションです」。スクリーンが暗転してもその字幕が流れなかったことで、やっと、それが現実のものであることに気付いた。
 主人公は自分、『赤司征十郎』だ。けれど、それは"俺"ではなかった。


 苦しみしか伝わってこない不自然な物語。これを終わらせるためには、俺が『赤司征十郎』に戻る必要がある。
 勝利への確執が彼を生んだ。それならば、一度でも敗北を経験すれば。勝利への義務が果たせなくなれば、その存在意義は消滅する。"彼"は、消える。
 あいつらなら必ず『赤司征十郎』を倒してくれる。俺はそれを待とう。

 俺が元に戻ったとしてもあいつらが仲間に戻るわけではない。それは解っている。
 でも俺なら、自分の犯した罪が判る。"彼"が認識できずにいる罪を、俺なら背負うことができる。
 俺は、ただ、待てばいい。

 そう考えた俺は、ひたすらその時を待っていた。







「誰だお前。」

(キミは、誰…ですか?)







 …待ち切れない。







 憔悴し切った彼に、もう『強さ』は感じない。けれど、まだ彼を繋ぎ止めているものがある。

「勝たなければ…僕は、勝たなければ、いけないんだ…。」

 表にいた彼と初めて顔を合わせる。長い間一緒にいたにも関わらず一度も向き合うことのなかった彼。排除することばかり考えて向き合おうともしなかったもう一人の自分は、勝利以外には何も知らない。

(できの悪い弟のようだ。)

 ブツブツと繰り返される呪文。それは、『赤司征十郎』の代わりを押し付けられた彼をずっと支えていたものだった。それだけを支えに、彼は長い間『赤司征十郎』を務めてきたのだ。

「あいつは…黒子は、それだけで勝てる相手ではないよ。」

 呪文を紡ぐ唇の動きがピタリと止まる。こちらを睨み付ける瞳には、未知への恐怖と、後のない覚悟が浮かんでいる。
 教えてやりたい。この弟のような存在に、勝利以外のものを。

「俺と手を組もう。力をひとつにするんだ。二人別々ではなく、一人の『赤司征十郎』として。…嫌だって? 勝つためには手段を選んでなどいられないだろう?」

 自分を支えてくれる仲間の大切さも、それがどんなに心強いかも。

「黒子は勝ちたい一心で、全力でぶつかってくる。あいつの本気はこちらの想像を遥かに超える。全力で立ち向かえるよう、とにかく試合に集中しよう。」

 技術や頭脳、体力だけが強さではないということも、願う力が強さに変わることも。

「勝ちに行こう。」

 バスケを楽しむことも。







「すみません…もうしばらく出してもらえませんか。」

 正直勝てるかどうか自信はない。それでももう今までのように逃げたりはしないし、逃げる必要もない。
 俺は勝つためにバスケをしているわけではない。ごく自然に、そう思えるから。

 純粋に楽しみなんだ。
 俺が見出だした黒子の力。成長したその力を肌で感じるのが。
 黒子と、もう一度、バスケができるのが。


「誰とは心外だな。

俺は赤司征十郎に決まっているだろう。」


2014.6.28





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