ダンデライオン(赤黒+火)


 『憧れはどんな色をしていると思う?』

 時刻は12時半を回ったところ。午前の授業を終え昼休みに入った黒子が携帯をチェックすると、そんなメールが届いていた。差出人は赤司で、受信時刻は昼12時より少し前、普通なら授業中であるはずの時間だ。真面目な彼がそんな時間にメールを寄越すのは初めての事だった。
 昼休みに入ったばかりの今なら、ある程度ゆっくり話ができるだろうか。
 メールの内容についての詳細を聞くためだ。心の中で誰にともなく言い訳をしながら、黒子は発信履歴を辿った。違う学校に通う今、こまめに取るべき連絡事項があるわけでもないわりに上の方にある『赤司征十郎』の文字。それを選択し、規則的に繰り返される発信音が途絶えるのを待つ。
 赤司は電話に出なかった。『また夜に電話します』。先程のメールにそう返信し、黒子は携帯を閉じた。



 …



 黒板を見るふりをして、前の席の赤い頭をぼうっと眺める。憧れの色。昼休みに赤司が電話に出なかったのは、黒子にもそれを考える時間を与え、互いに答えが出てから話したいという事なのだろう。それが黒子なりの解釈だった。

 (…憧れの色、ですか…。 )

 求めて止まないもの、自分が先に進む上で指標になる強い光。憧れをそういうものだと考えている黒子にとって、それを表す色として真っ先に浮かんだのは赤だった。それは太陽の色であり、恋人となってもなお憧れの存在である赤司の色。
 他にも相応しい色があるだろうか。思い浮かぶ色を一つずつ当てはめて考えていると、それまでじっとしていた目の前の赤がもそっと動いた。いくら黒子の影が薄いとはいえ、視線を受け続けていれば相手もさすがに気になるらしい。その赤い頭はいたたまれないというように振り返り、こっそりと文句を口にした。

 「何だよ、さっきから。」
 「前を向いてください火神くん。キミが後ろを向くと目立ちますから。」
 「あ?」
 「火神くんはただでさえ体が大きくて人目を引く上に、日頃の成績も良いとは言えません。ですから先生も目を付けているんですよ。キミが振り向いてしまうとボクまで目立つんです。考え事に集中できません。」

 黒板に向かって文字を書き続けていた先生の手が不意に止まり、教室全体を見渡す。ぐるりと見回すその鋭い視線と影の薄い自分の視線が交わった気がするのは、きっと気のせいではない。大きな体で後ろを向いている火神にはやはり自然と目が行くのだろう。ほら、先生がこっち見てますよ。先生の方を小さく指さしながら告げると、不満げな彼もしぶしぶ前を向いた。
 でも、彼は諦めていなかったらしい。何かゴソゴソしていたと思えば、小さな紙切れが一枚差し出される。

 『何ぼーっとしてんだよ』

 受け取ってみると、ちぎられたノートの切れ端にそう綴られていた。火神は図体に似合わず些細なことを気にする上に、こうして後先考えず行動するところがある。こんな風にちぎってしまって、もしノートの提出を求められたら困るだろうに。常日頃から呆れてはいるが、黒子はそんな相棒が嫌いではなかった。

 『憧れはどんな色をしていると思いますか?』

 そう書き込んで紙を返す。受け取った火神は首を捻り、ガシガシと頭を掻いた。


 その時、涼しい風がスッと鼻先を掠めた。それと一緒に運ばれてきた外の香りに誘われ、半分だけ開けられた窓の外を見る。校庭の木々の緑、グラウンドの茶色、花壇には黄色、オレンジ、紫、ピンク。たくさんの色で溢れている。しかし、そのどれも"憧れ"とは違う気がする。

 (憧れは、もっと、眩しくて…。)

 上手くまとまらない考えを必死に整理していると、前の席から再び紙が回ってきた。黒子が書いた質問の後に続けて書かれていたのはたった一文字。けれど、乱雑な字で書かれたそれは、しっくり来る色が浮かばず揺れ続けていた黒子の心に、意外にもストンと当てはまるものだった。

 (これだから火神くんは侮れません。)

 手を伸ばし、前の席の赤い頭を後ろから撫でる。急な"よしよし"に驚いてガタッと椅子を鳴らした火神は、「火神、授業に集中しなさい」という先生の一言に「…うす」と口を尖らせた。



 …



 『答えは出た?』

 部活を終えて帰宅後に再び電話を掛けたところ、今度は2コールで繋がった。開口一番、赤司がそう口にしたところを見ると、やはり昼の黒子の推測は間違っていなかったのだろう。

 「はい。」

 それだけ答え、赤司の反応を待つ。どうやら彼は先に黒子の出した答えを聞きたいらしい。『テツヤは何色だと思った?』と尋ねられ、黒子は素直に「白です」と答えた。あの時火神が差し出した紙に書いてあった色だ。

 『そう。テツヤは"赤"と言うかと思っていたよ。』

 声色は変わらない。しかし、黒子の答えが赤司の予想と異なるものであるためか、先程までは溢れんばかりだった余裕が少し薄れた気もする。
 久しぶりの電話で機嫌を損ねたくはない。彼との会話をちゃんと楽しみたい。
 不安をあおらぬよう慎重に、黒子は自分の考えを伝えていく。

 「最初に浮かんだのは赤色だったのですが、考えれば考えるほど白の方がしっくり来まして…。赤司くんは何色だと思いますか?」
 『そうだね。僕も、憧れは白だと思う。』

 黒子の問いに、赤司は間髪入れずに答えた。同じ考えである事にほっとしつつ、黒子は「何故憧れを"白"だと思うか」、理由の説明を始めた。

 白は射し込む陽の光の色だ。鮮烈であたたかく、強く優しい。それは黒子が抱いている"憧れ"のイメージにぴったりだった。しかし、これは口には出さなかったが、同時に赤司の理想を示す色でもある気がしていた。
 実際、その予想は適中している。清廉で、かつ親しみやすい、自分とは正反対の色。その色を目にするたび、赤司は少しの寂しさを感じていたのだ。その色の持つイメージは、遠く離れた所にいる恋人にもよく似ていたから。

 赤司はそんな黒子の考えを知る由もなく、黒子の説明に途中まで頷くように相槌を打っていた。しかし、話の切り替わりとしては唐突な次の言葉に、その思考をピタリと制止させた。

 「それと…白は、ボクたちの共通点を示す色でもありますよね。」

 止まってしまった相槌の代わりに、電話越しの赤司の声は『共通点。』と小さく繰り返す。こじつけのようですが。そう前置きし、黒子は言葉を続ける。

 「キミとボクの好きな食べ物、湯豆腐とバニラシェイク。これ、どちらも白色じゃないですか。」

 想像よりも遥かに軽く投げ掛けられたその話題は赤司の言葉を詰まらせた。けれどもじわじわとあたたかさが込み上げ、頬も自然とほころんでくる。確かに共通点と言えなくもない。少し無理矢理ではあるけれど。

 『…ふふ、本当にこじつけみたいだ。だけど…何だか嬉しいね。』

 電話口から聞こえる赤司のそんな笑い声に、黒子は安堵を覚えた。
 文字媒体では感じること事の出来ない今現在の彼。声を耳にした事で、久しく会っていない彼の表情もメールより容易く頭に浮かぶ。目を閉じれば、瞼の裏の彼は手の届く距離にいるかのように近くで笑う。
 あぁ、赤司くんがいつもと違うメールを送ってきたのも、こんな風に電話したかっただけなのかもしれないな。もしそうだったら少し可愛いと思いつつ、黒子はなおも淡々と、穏やかに話す。

 「憧れって、多分、そんな遠いところにあるものではないんです。
 赤司くんはボクにとってずっと憧れでした。…赤司くんは、ボクにはとても手の届かない遠い存在、雲の上の存在でした。でも、そんなキミとも共通点があった。自分でも気付かないうちに、ボクはキミに近付いていたんです。
 ですから赤司くんの憧れも、気付いていないだけで、想像よりもずっと近くにあるかもしれませんよ。」

 憧れ。その色を考えるにあたり、黒子はその字が「心」と「童」という漢字で成り立っている事も考えてみたのだ。結果気付いたのは、それが一方的に求める幼い感情だったという事。
 相手の気持ちを考える前に完結してしまうそれは、本人さえ気付かぬうちに、赤司の心に孤独を植え付けたかもしれなかった。誰だって一人では生きていけないのに、周りの人々は皆一様に彼と距離を置こうとする。自分の中でのイメージを押し付け、彼の存在を孤立させてしまう。
 彼に憧れていた黒子にとって、それは戒めにもなる気付きだった。誰よりも大切な人。その心に寄り添いたいと、自分はそう在りたいと、切に願った。

 「赤司くんがライオンに例えられるのを見て考えたんです。キミがライオンだとしたら、ボクはせめてタンポポになりたい、と。似ていますよね? たてがみのあるライオンと、タンポポの花。その少しの共通点を支えに、ボクは咲きたいと思います。」

 同じ目線に立つ事はまだ不可能だ。自分の心を偽って無理に接すれば、彼をまた傷付けてしまう。
 だから、どんなに些細な事でもいい。共通点を大切にしていこうと思った。自分が理解しやすいところから、少しずつ、彼に近付いていきたい。

 一言一言、紡がれる言葉。そこに嘘はない。

 赤司の方も、黒子の真摯な気持ちをぼんやりとだが汲み取っていた。それが自分を想う決意の現れである事も。
 タンポポ。色も形も太陽によく似たその花は、確かに自分の憧れの対象である黒子にぴったりだ。そして、それによく似た姿のライオンが自分ならば。
 心の中の真っ白だった部分が、命を与えられたように、徐々に色付いていく。今まで存在を認識する事すらなく放置されていた躍動は、凍える心を内側からあたためる。

 『ありがとう。』

 動き始めた心が生み出した最初の言葉。それは、黒子の耳だけに、静かに届いていた。







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