水鏡(赤赤前提赤黒赤)


「赤司く、」

 言い掛けた唇を、彼の指が塞ぐ。

「駄目だよ、テツヤ。言っただろう?」

 ちゃんと名前で呼んで。
 優しく細められた瞳が鋭く光る。無言の圧力。それを感じ取り、「征十郎」。求められるままに名前を呼んだ。
 彼はそれで満足したらしい。指は唇から頬へと滑り、顎をすくい上げる。

「可愛い…」

 近付く声につられて目を閉じると、大好きな匂いに包まれた。

「愛してる。」

 唇に触れる吐息。噛み締めるようなその響きは、ボクの身体を通り抜けたところへ向かっているようだった。ボクもです。塞がれたせいで言葉にできなかったその想いを、重ね合わされた唇に乗せてどうにか伝えようと試みる。その瞬間、まるでそれを察したように彼はより強く唇を押し当て、ボクの思考は完全に内だけに封じ込められてしまった。
 伝えることは、許されなかった。







(どうだった? 黒子の唇は。)

(そうだね…柔らかかったよ、とても。)

(ふぅん。)







 今、ボクは二人の人とお付き合いをしている。とは言っても、傍目にはきっと一途に見えるのだろうけれど。

 ボクの恋人である赤司くんは、異なる二つの人格を有している。自分を『俺』と呼ぶ彼と、自分を『僕』と呼ぶ彼。ボクが最初に好きになったのは自分をバスケに引き留めてくれた『俺』の方の彼だったが、初めて『僕』の方の彼に会った時、知らない彼を目にした恐怖に支配されると同時にどこか甘い疼きを感じたのを覚えている。嬉しかったのだ。彼に、名前を呼ばれた事が。
 『俺』の赤司くんは底無しに優しくする事で愛を示し、『僕』の赤司くんは少し強引に、ボクの求める以上の愛をくれた。好きの種類は少し異なるけれど、ボクにとっては二人とも赤司くんで、二人ともかけがえのない人だった。
 そのどちらも、ボクには拒むことができなかった。


「この頬を、彼が撫でたんだね。」

 頬に伸ばされた指はどこか冷たい。けれどそれを見つめる瞳は今にも溶け出しそうなほど熱く揺れていて、ボクは思わず息を飲んだ。

「彼が、この髪を触って、この体温に触れて。そして、この唇に…」

 そう呟きながら、口にした箇所をツツ、となぞっていく指は、ボクの体温で少しずつ温まっていた。そして、指と瞳の温度は反比例。瞳の奥の炎は、少しずつ、少しずつ鎮まっていく。
 いつの間にか氷のように鋭い光をたたえた瞳を瞼の奥に閉じ込め、彼は指とは別の熱でボクの唇に触れた。いつもの柔らかな暖かさとは違う、ぶつけるような感情。彼のそんな一面に驚きながらも、それを他の誰でもなくボクに示してくれたことが、とても嬉しかった。

 しばらくして、それは離れた。紅潮した頬、酸素を求めて薄く開かれた口。その扇情的な表情にいてもたってもいられず、ボクは目を瞑った。
 きっとボクも今、彼と同じような顔をしているのだと思う。唇を離してからまだ一度も目を開けていない、目の前の彼と、同じ。







(ねぇ、これで、間接キスだね。)








「もっと、僕だけを映して。」

 ボクの目を見つめる彼は、毎度のようにそう口にした。近付いてくる端正な顔に反射的に目を閉じると、彼は決まって寂しそうに「駄目だよ」と笑う。ゆっくりと目を開ける。水色の瞳に映るのは、眼前の赤だけ。

「そう、いい子だ。…綺麗だね。」

 彼は、自分の"赤"が水色を埋め尽くすのを見ると、いつにも増して優しい顔になる。ボクを限りなく無に近付け、彼の色に染め上げることに、彼は満足感を得ているらしい。
 それは、独占欲の表れなのだと。


 決して他の色に染まることのない緋色の瞳に、ボクはそう、願っていた。







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