12月23日(赤黒)


*社会人で同棲してます。







「自分の誕生日を国じゅうの人に祝われるというのは、どんな気分なのでしょうね。」

昼食の後、ソファでぼんやりとテレビを眺めていたテツヤが呟いた。その視線の先、明るい画面の向こうでは、日本人であれば誰もが知っているであろう白髪の老人が微笑んでいる。
そうか、80歳は『傘寿』と言うのか。そんな今さらな発見をしつつ、テツヤの発言の意味を何となく理解した。

「どうだろうね。国どころか世界中で、名前くらいしか知らないであろう人たちにまで『おめでとう』を言われるよりは、まだわかる気もするけれど。」

今日明日と連続で続く、誰かの誕生日。後者についても匂わせながら返答する。
洗い終わった食器を伏せながら投げ掛けたその返事は、どうやら彼の機嫌を損ねるものとなったらしい。腹が満たされたことにより微かに眠気を漂わせていた目からは不機嫌さが滲み、弛く離れていた唇も、今は固く閉ざされてしまった。
そういえば以前はこんなやりとりがよくあった。ちょっとしたことでテツヤを怒らせ、ご機嫌取りに追われる。育ってきた環境も考え方も相違点ばかりの二人が生活を共にするのだから、すれ違いは当然の過程だろう。しかし、そんな一つ一つのもめ事は、僕のほんの些細な言動にテツヤが反応してくれることの証。嬉しい出来事でもあったのだ。共に時を重ね互いへの理解が少しずつ深まっていた最近では、そんな喧嘩でさえ滅多にしなくなっていたけれど。
すれ違いばかりの日々を少し懐かしく思い出しながら隣に腰掛けると、テツヤは僕から少し距離を置くように座り直した。

「クリスマスプレゼント、用意してくれてたの?」
「…キミは用意してないんですね。」
「そうだね。クリスマス用には、特に。」
「クリスマスが嫌いなら、言ってくれれば良かったのに。」

膨れっ面のテツヤはそう言って、ソファの上で膝を抱えた。
テツヤと共にクリスマスを迎えるのは今回が初めてではない。毎年当たり前のようにプレゼントを交換し、当たり前のように二人で過ごした。今年もその予定だったテツヤにとって、先程の僕の発言は意外を通り越して失望すら感じるものだったのだろう。
自分が悪いのは解っていても、テツヤのまるでだだっ子のような仕草を放っておけるほど人間が出来上がってはいない。結局、いてもたってもいられず、置かれた距離を少し詰める。移動するのが面倒だったのか、離れても付いてくると察して諦めたのかは判らない。テツヤはそれ以上僕から逃げようとはしなかった。

「別に嫌いなわけじゃないよ。」
「説得力ないです。」

手を伸ばせばたやすく届く距離。俯いた水色をあやすような手つきで撫でると、朝のうちに自らの手で直してやったはずの寝癖がひとかたまり、手の下で跳ねる。
繊細そうな髪の一本一本でさえ強情で、思い通りにはなってくれない。でも、そんなところも含めて、どうしても。
クス。小さく溢したその笑みを馬鹿にされたと受け取ったらしく、テツヤは僕の手を振り払った。テツヤ、と呼び掛けても返事はなくて、ああ、本格的に拗ねさせてしまったのだと気付く。

「テツヤ。」
「…。」
「テツヤ。ごめん。」
「…。」
「愛してる。」

拗ねたテツヤにはこれが一番だと知っている狡い僕。囁くように呟けば、僕の反対側に隠れた顔は見えなくても、水色の隙間から覗く耳の色づきが感情の変化を教えてくれる。

「本来プレゼントは贈りたい時に贈るものだろう? それなら、別に明日にこだわらなくても、いつだっていいじゃないか。
それにね。僕がテツヤから貰うものは多すぎて、こんな行事に便乗して年に数回なんかではとても返しきれないんだよ。だから、」

ちら、とこちらを見上げたテツヤに小さな箱を差し出す。恋人が贈るプレゼントとしてこれ以上ないほどありきたりなそれは、永遠の約束。

「いつでも、僕が望んだ時、すぐにプレゼントを贈れる距離にいてほしい。」

…なんて、お返しの催促をしているようなものだけれど。
少しの間を置いて、テツヤは僕の方へ向き直る。目の前に再び現れた愛しい顔は、すっかり僕の色に染まっている。

「仕方ありませんね。」

態度にそぐわず男前な台詞を吐きながら、テツヤは僕の手から箱を引き取った。尖った唇、膨らんだ頬のテツヤ。箱を乗せたその手を包めば、繋がったのは、体温、想い、未来。
付けたままだったテレビに目を向ける。画面の中、白髪の老人の隣には、自然に寄り添う優しい微笑がある。
きっとこの老人は、豪華絢爛なプレゼントや世界中に言われる『おめでとう』よりもずっと価値のあるものを知っているのだ。そしてそれに気付けたのは、きっと。

「ありがとう。」

聞こえるか、聞こえないか。できるだけ小さく囁いてみる。いつでもそばにいる大切な存在にだけ、届くように。







QLOOKアクセス解析



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -