日差しを避けて(赤黒)
図書館から一歩外へ出ると、雲一つない晴天だった。
ここに着いた時には少し曇っていたのに。
肩に提げた鞄の中では、念のためと持ってきていた折り畳み傘が、先程借りた本と押しくらまんじゅうをしている。
杞憂に終わった荷物を疎ましく思いながら太陽の眩しさに目を細めていると、前を歩いていた赤司くんが振り返った。
「大丈夫か、テツヤ」
どうやら、自分で思った以上に不快が表情に出ていたらしい。
大丈夫です。
そう答えたところで説得力はないようで、ボクは差し出された赤司くんの腕に大人しく掴まった。
「どうしてこんな、嫌がらせのように晴れているんでしょうね。日差しが辛いです…」
「そうだな」
赤司くんが打った相槌をぼんやりと受け流し、目線を前へと向ける。
図書館内では味わう事のなかった膨大な色達が一気に目の奥にまで飛び込んできて、ちっぽけな脳ではとても処理しきれない量の情報を流し込む。
目を閉じ、掴んだ赤司くんの腕だけを頼りに歩を進めようとしたボクに、涼やかな声が降ってくる。
「…日の当たらないところへ行こうか」
ボクは一言「お願いします」とだけ答えて彼に身を委ねた。
…
その部屋では、ただただ穏やかに時間が過ぎていた。
天井付近にある小さな窓から僅かに射し込む月明かりと、リリ、と時折鳴く虫の声だけが、今が夜である事を告げる。
そろそろ、だろうか。
必ず夜になると訪れる彼に思いを馳せ耳を澄ませると、虫の音に混じって聞き慣れた足音が聞こえてくる。
ガチャリ、重たい南京錠を開ける音と共に、彼は姿を表した。
「赤司くん」
自分でも驚くほどの喜色を含んだその呼び掛けに、赤司くんは静かに目を細める。
「夕飯を持ってきたよ」
ベッドの上、ボクの隣に並んで腰掛け、ボクの手を取る。
シャラ、と、ボクをこの場所に縛り付けていた鎖が立てた音はまるで鈴の音のように幻想的で、二人ともそれを邪魔しないよう息を潜めた。
手首を固定していた鉄の輪の裏、日焼けを知らぬ青白い肌には、擦れてできた朱色の跡が姿を現す。
彼の色。ボクが彼のモノである、証。
ボクには不釣り合いなほど美しく映えるその色に指先をそうっと這わせた彼は、ぽつり、「すまないな」と呟く。
「どうしてキミが謝るんですか? これは、ボクが望んだ事です。ボクは幸せですよ」
その言葉に偽りなどないのに少し辛そうに微笑む彼が不思議で、ボクは首を傾げた。
彼の手が頭に伸びてきて、壊れ物を扱うように優しく、遠慮がちに髪を鋤く。
ボクは目を閉じ、彼の繊細な指先に感覚を集中させた。
この部屋にいる限り、ボクはこうして彼の事だけを考えていられるだろう。
強い日差しに目を眩ませる事もなく、溢れんばかりに満ちている喧騒に神経を削り取られる事もない、この部屋。
皆に平等に流れる時間でさえも、ここではボクを縛る事はできない。
何もかもが思い通りにならなかった"外"とは真逆。
この部屋は、ボクの望みをすべて叶えてくれるのだ。
彼以外を一切排除した瞳が、同じように僕だけを映す深紅を捉える。
自分の色を綺麗だと思った事などこれまでなかったが、彼の瞳の中に揺らめく水色に、それはそこにあるべき色だと自惚れずにはいられなかった。
「散歩にでも行ってみようか。今は夜だから、庭の中なら人目を気にする事もない。ずっとここにいるんだ。少しは体を動かしたくなるだろう?それに、このままでは歩けなくなってしまうよ」
自分で閉じ込めておいて、そんな事を言えた義理ではないけれど。
自嘲気味にそう諭す彼の手に自分の手を重ね、ボクは首を横に振る。
「ここから出たくありません。ボクは、ここでキミを待つことができれば、それで満足なんです。それに…自分一人で立つための足なんて、いらない」
そうか、と短く答えた彼の寂しげな声色は、微かに安堵を漂わせていた。
(ボクは今、本当に幸せなんですよ。)
少しでも、それを伝える事ができたのだろうか。
きゅっと力を込めたボクの手を、赤司くんは包み込んでくれた。
そのあたたかさが答えだと、思った。