幼き君へ(黒と黒)

帝光中バスケ部での事。楽しかった思い出、辛かった決別。それをすべて打ち明けた後の誠凛メンバーの表情は、ただひたすら温かかった。ボクが今ここにこうしている事は決して間違いじゃない。心からそう思える仲間に出会えたのだと、確信した。


帰宅途中。すっかり陽が落ちて暗くなった道を、街灯の点々とした明かりだけを頼りに歩く。コートを着込みマフラーを巻いてはいても、冷たく刺すような風は防ぎ切れない。もうほとんど感覚のなくなった手に息を吐きかける。外気温より辛うじて温度が高いだけのその吐息を温かいとは思わなかったが、少なくともそれ以上手が冷える事はなかった。

あの角を曲がれば家に着く。はあ、と息を吹きかけた手を擦り合わせながら歩調を早め、道を曲がろうとすると、不意に視界の端にぼんやりとした淡い色が浮かび上がってきた。

「キミは…」

歩みを止めたボクに気付き、視界に映った淡い色の正体である少年ははっと顔を上げた。暗闇でもはっきりと見える白のブレザー。水色のシャツに、ネクタイ。ボクと同じ水色の髪で、前髪だけは少し短い。全体的に地味な顔立ちの中、唯一他より存在感のある大きめの瞳が無表情の奥に潜ませた、目の前にいるボクへの驚きと、さらに奥でぐちゃぐちゃに渦巻く負の感情。すべてに覚えがある。
その少年は、間違いなく過去の、帝光中3年生の『黒子テツヤ』だった。

「初めまして。ボクは、黒子テツヤと言います。多分、未来のキミです。」

見ればわかる。そう言いたげな目でボクを見つめていた彼は、ぼそっと「身長はあまり伸びていませんね。成長期なのに」と呟いた。やはり気になりますか。気にならないと思ったんですか。そんなくだらないやり取りを積むうちに、彼はボクへの警戒を、僅かではあるが薄めてくれたようだった。

「…随分、楽しそうですね。」

ぽつりとこぼれ落ちた彼の言葉からは、自分を責めているような様子が窺える。

確かにあの頃、ボクは自分を責めてばかりいた。次々と才能を開花させたチームメイト達に付いて行けず、彼らの苦しみを理解するよりも自分の痛みを抑える事に必死になっていた日々。確かに通じ合い、笑い合った仲間達と、大好きなバスケを捨てた、あの頃。
競い合えるライバルでありたかった。導く者として恥じぬ強さを持ちたかった。一人で信念を貫こうとする寂しさを支えたかった。努力は無駄ではないと示したかった。そして、誰にも届かぬ孤独へと登りつめようとする彼を、引き留めたかった。
どこか昔話のように思えていた苦しさは、わざわざ思い返すまでもなく鮮明に蘇る。すべて、ほんの一年前の出来事だったのだ。

目の前で凍える、身長よりもずっと小さく見える少年を真っ直ぐ見据える。とっさに目を逸らす彼の思いを受け止め、独り言のように囁く。

「楽しいです。とても。またバスケが好きになれましたし、…新しい仲間もできました。」

一年前のボクは、俯いたまま顔を上げない。それでも確かに言葉は届いている。その確信のもと、話を続ける。

「自分の決定が彼らを見離しているようで、心苦しく思ったりもしました。でも今なら、自信をもって言えます。一年前のボクの選択は、間違っていませんでした。」

彼らから離れ、敵として向き合った結果得たものは、想像以上に大きかった。新たな仲間を得る事、楽しいと感じる事は、過ぎ去った日々への裏切りではない。寧ろ、中学時代のあの日々があったからこそ、それを求める事が出来る。自分がそれを求める事が、大切だったあの日々の証明になる。
「バスケを続けたい」「バスケを楽しみたい」。その願いは間違いではない。

「自分のやりたい事だけは、決して見失わないでください。自分を信じて、その信じる道を進んでください。そうすれば、きっと、これまで以上の笑顔が待っているはずです。」





結局最後まで彼と目が合う事はなく、ほんの一瞬目を逸らした隙に彼は消えていた。しかし、去り際に彼が残した「会えて良かった」は、言いたい事が通じた証だろう。

止まっていた足を再び動かし、視界の隅に映り始めている自宅へと歩を進める。つい先程まで感じていた風の冷たさは、もう気にならなかった。








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