腐男子赤司(緑+赤→黒)

「…ふむ。青火、か…それもいいな」


突然呟かれたその言葉に、緑間はぎょっとしてすぐ後ろの男を見遣った。
言葉を発した張本人である"元主将"は、顎に手を掛け、一心にコートを見つめている。
その真剣な眼差しに緑間は深くため息を吐き、こいつは相変わらずなのかと頭を痛めた。


今日は、本当に久しぶりに、キセキの世代全員が揃ってストバスに来ている。
京都や秋田から足を運ぶのは骨の折れる事だったろうが、WCで和解を果たした記念にという黒子の提案に異を唱える者はいなかった。
今回集まったメンバーの中には、懐かしい色とりどりな面々に加えて仲直りに一役二役買ってくれた相棒達も混ざっており、コート内の各人は仲違いなどまるで遠い昔の出来事だったかのように自然に、年相応の騒がしさを見せていた。

またこんな風に彼らを眺める日が来るとは。

赤司が呟いたのは、緑間がそんな感慨に浸っている最中の事だった。


「真太郎。お前は、敦は受けと攻め、どちらだと思う?」


赤司は所謂『腐男子』だ。
中学時代から度々妄想に付き合っていた緑間だが、別々の高校に入学して以来赤司の口からその話題を聞く事はなかったため、すっかり赤司は真っ当な道を歩み始めたのだと思い込んでいた。

期待が見事に外れた事を残念に思いながらも、赤司に聞かされ続けた腐妄想により知識だけは豊富に身に付いている緑間は、容易にその話題に乗っていた。


「体格だけ考えれば間違いなく攻めだが…紫原は性格が純粋だから受けとしても違和感がないな。しかしその子供っぽさ故に感情を抑えきれず攻めてしまうというのも有り得る」


緑間の返答に、赤司はその瞳を満足げに細める。


「さすが真太郎だ。僕も同じように思っていたんだよ。カップリングの相手にもよるが、今一番敦の身近にいる氷室も左右固定し難い奴だからね」

「そうだな。彼は、俺はアツシ相手なら上でも下でも構わない、とか言いそうなのだよ」

「まぁ、敦も真太郎相手なら間違いなく攻めなんだけど、ね。お前はどう考えても受けだから」

「なっ…馬鹿な事を言うな!」

「わかっている。お前の相手は高尾で固定なんだろう?」


そういう事を言いたかった訳でもないのだが。

不満と動揺を織り交ぜつつ眼鏡のフレームに手を掛けた緑間は、コートの中心で談笑する相棒の高尾へと視線を向ける。
集まるのが初めてのこのメンバーの中でも、高尾は持ち前のハイスペックなコミュニケーション能力を存分に発揮し、少しだけぎこちなかった皆の緊張を解している。

自分の視線に気付き手を振る相棒の普段通りの様子に軽い安堵を覚えながら、緑間は話題を変えようと赤司へ向き直った。


「黒子はどうなんだ?」

「ん…テツヤか?」

「そうだ。黒子は、あの身長や外見からすると確実に受けだろう? しかし性格は男前だし、敬語攻めというのも捨て難いと思うのだよ」


赤司は首を捻り、そういえばテツヤについては考えた事がなかったな、と呟いた。
その返答に、緑間はまさかと目を見開く。


「あいつの話題が出ない事は以前から薄らと疑問に思ってはいたが、腐りきっているお前の口からそんな言葉を聞く事になるとは…。黒子ほどBLに向いた奴も少ないと思うのだが」


赤司は口元を手で覆い、考え込んだ。

儚げ敬語ボクっ子男前。仲間内では唯一の160cm台で筋肉の付き難い細身の身体付き。表情は見え難いのに意外と手が早い。

考えれば考えるほど、緑間の言う通りだ。
確かに黒子ほど腐妄想をしやすい人間はこの中にはいないように思う。

それでは、誰と組ませるのが良いだろうか。

途端に、赤司は眉間に皺を寄せた。
急に不機嫌になった赤司を、緑間は怪訝な顔で見守る。


「駄目だ、テツヤは」


赤司は吐き出すようにそう言い、緑間を睨み付けた。
訳がわからず「急になんなのだよ」と突っ掛かろうとした緑間は、続く赤司の言葉に絶句した。


「テツヤに関しては、赤黒以外認めない。テツヤをそういう目で見る事は、例え真太郎でも許さないよ」


見覚えのある殺意。
そういえば火神と初めて顔を合わせた赤司が同じ顔をしていたと気付く。

そうか、今まで自覚していなかっただけなのか。
あの、赤司が。

いつになく鋭い勘が働いた緑間は、殺意を向けられた者のものとは到底思えない笑顔を浮かべた。

赤司が勝利以外の何かに執着するのを、緑間は見た事がなかった。
そんな彼が見せた独占欲。
それは、他の者達よりも近くで赤司を見、気に掛けてきた緑間にとって、何よりも嬉しい兆候だった。


「邪魔などしない。むしろ応援するのだよ」


その言葉と表情から緑間への警戒を解いた赤司は、コートで仲間達に囲まれている黒子の元へと歩み寄って行った。


「テツヤ」


先程の鋭い目付きが嘘だったかのように優しく微笑み掛けた赤司は、呼び掛けに振り向いた黒子の頬に手を滑らせ、額に口付けた。

突然の出来事にぽかんと立ち尽くす黒子を見て赤司はさらに小さく笑い、言い放つ。


「宣戦布告、だよ」


もう、離してやらない。

ただ呆然として「はぁ」と返した黒子は、きっと何も解っていないのだろう。
黒子のそんな様子さえも愛しそうにくつくつと笑う赤司は、今の状況を心から楽しんでいるようだった。

赤司を眺める緑間の表情は、我が子を見守るように穏やかだった。







「赤司くんはボクと別のチームが良いそうです」

「どうしてそうなった?!」

「え、だって宣戦布告って言ったじゃないですか」

「…そっちで受け取ったか」


どうやら、赤司の恋路は想像以上に前途多難なようだ。
まぁ、何も焦る事はない。

気長に見守ろうと思う。





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