弁当(青火)

「あー、良」

「何ですか?」

「明日は昼飯いらねーから」


突然そう告げられ、よくわからぬままに「え、あ、はい……?」と返事をするのと、青峰サンの携帯が鳴るのとは同時だった。
暫し無言で画面を見つめていた青峰サンは不意に顔を上げ、


「悪りぃ、やっぱ作ってくれ。量は控えめにな」


それだけ言い残して去って行った。

正直訳がわからない。

でも、遠ざかる青峰サンの後ろ姿が妙に嬉しそうで、ちょっとかわいいなと思ってしまった。




 …




明日は桐皇との合同練習。

久しぶりに青峰くんとバスケができるのが嬉しいのだろう。
まだ前日だと言うのに、火神くんは朝からずっとそわそわしている。


二人が付き合い出したと聞いたのは、つい先日の事だ。

青峰くんのプレーを尊敬している火神くんと、自分のバスケへの情熱を再び燃え立たせてくれた火神くんを認めた青峰くん。

どちらともなく惹かれていたのだ、とボクに報告してくれた火神くんの顔は真っ赤で、でもすごく幸せそうで。
そのはにかんだ笑顔を見て、ボクまで幸せな気分になった。



「なぁ、黒子」


落ち着かない様子の火神くんが話し掛けてくる。
心なしか頬が赤くなっているので、きっと明日の事で何か話があるのだろう。

どうしたんですか、と尋ねると、火神くんはためらいがちに口を開いた。


「その……青峰ってさ、何が好きなんだ?」

「バスケと火神くんじゃないですか?」

「そーじゃなくて!」


聞けば、どうやら青峰くんに明日の昼食のお弁当を作ってきてくれと頼まれたらしい。 でも付き合いが浅いため、青峰くんの好物がわからない。
それで、中学時代の相棒であるボクなら何かわかるかもしれないと、そう考えて相談してくれたらしい。


「アイツすげー楽しみにしてくれててさ。だから、アイツの好きなモン作って喜んでもらいてぇんだけど…」


そう言って眉尻を下げる火神くんは見ていてとても微笑ましく、是非力になりたいと思った。

でも、青峰くんの好きな食べ物でボクが知っているのは、あまりお弁当向きとは言えない物だ。


「青峰くんは、照り焼きバーガーが好きですよ」


仕方なく、確実な情報だけを伝えてみる。
すると途端に火神くんの表情が明るくなった。


「そうなのか! Thanks!」


言うなり、火神くんは走り去って行く。


(…火神くんは本当に"光"ですよね)

眩しい後ろ姿を眺めつつ、ボクは携帯を取り出した。




 …




―当日。


午前中の合同練習。
お互いに意識し競い合う光たちは、それはもう楽しそうで。

青峰くんが真面目に練習に打ち込む姿を、桐皇の新キャプテンとなった若松さんやずっと心配していた桃井さんもほっとしたように眺めている。


こうしてバスケをしている二人を見ていると、二人が出会えて本当によかったと思う。
たとえ同じチームで支え合う事はなくても、競い合い、高め合って、一緒に上へと進んでいく。
次に会う時には相手がさらに強くなっている事を決して疑わず、自分もそれに負けないよう努力を重ねる。
会って、期待以上に成長した相手とぶつかって、また次を信じて。

それはきっと、二人がずっと求め続けていたものなんだ。



そして、充実した時間はあっという間に過ぎて行き、待ちに待った昼休憩に入った。




 …




「すげぇな…弁当が照り焼きバーガーとか初めてだぜ」

「オマエの好物だって聞いたからさ、作ってみたんだ。バンズは市販のにしちまったけど。あんまり弁当に時間掛けすぎて寝不足になったんじゃ、思う存分戦えないからな」

「おー、そーか。試合が楽しみで寝れなかったりしてたくせに、成長したんだなぁ?」

「う、うっせぇよ! ほら、さっさと食え」


差し出されたバーガーに豪快にかぶり付いた青峰くんは、目を見開いて「うめぇ!」と小さな感嘆の声を上げ、残りにがっつき始めた。
火神くんもその様子に満足げに目を細め、自分用に用意したチーズバーガーをもきゅもきゅと食べ始める。




「今日は弁当はいらないって、ああいう事だったんですね」


光たちとは少し離れた場所で自分の弁当をつつきながら、桜井は納得したように呟いた。
傍らで桜井特製のかわいらしい弁当に舌鼓を打っていた黒子も、仲睦まじい二人の様子に顔をほころばせる。


「こうして見ると、ちょっと新婚夫婦みたいですよね」


ふふ、と控えめに笑う桜井に、黒子も、そうですね、と微笑んだ。


「火神くんは、きっといいお嫁さんになりますね。…あ、桜井くんのお弁当も、すごくおいしいですよ。ありがとうございます」

「えぇっ、そんな…あ、ありがとうございます!」


急に話題が自分へと移った事に焦る桜井に向かって、黒子はさらに言葉を続ける。


「実は前から一度食べてみたかったんです。急に頼んでしまって、驚きました?」


どうやら昨日桜井との会話中に青峰に届いたメールは、黒子からのものだったらしい。


―――

明日は合同練習ですね。
火神くん、青峰くんと食べる昼食をすごく楽しみにしているようですよ。朝からずっと何を作ろうか悩んでました。
ああ、でも、ボクもいつも火神くんにお弁当を作ってもらっているので、3人で食べる事になるんでしょうか?
青峰くんと火神くんを2人にしてあげたいのは山々なんですが、いくら少食のボクでも、何も食べられないのは嫌ですし…。

そういえば、そちらの桜井くんは料理が上手だと聞きました。彼のお弁当、食べてみたいです。

明日、楽しみにしてますね。

―――


黒子に送信メールを見せてもらい、本日二度目の今更な納得をする。

正直、青峰に「やっぱり作れ」と頼まれた時にはそれが黒子の分だとは知らず、ただ状況整理に必死になっていたため、驚くとかそれ以前に何も考えていなかったのだ。

そう伝えると、黒子は「青峰くんは相変わらずですね…」と、困ったように、しかしどこか嬉しそうに呟いた。


「桜井くん。青峰くんはあんな人ですが、今でもボクの光です。火神くんと一緒にボクを照らしてくれる、大切な人なんです。…これからも、彼を支えてあげてくださいね」


穏やかな黒子の微笑みは、光たちに引けを取らぬほど眩しく輝いていた。

桜井は、彼にしては珍しく確信を込めて、力強く頷いた。


「黒子ー! 青峰と対戦すっからオマエも来いよ!」

「ずりぃぞ火神! 良、オマエも来い! 2on2だ!」


いつの間にか弁当を食べ終えていた光たちが、心の底から幸せそうな笑顔で手を振っている。


「行きましょうか」

「ハイ!」


それに導かれるように、二人は、光に向かって走り出した。







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