空の色(赤黒夫婦と息子むっくん)
「ねー。オレとおとうさんと、どっちのほうがすき?」
そう聞いたら、お母さんは少し困った顔で笑って、頭を撫でてくれた。
…
「敦、おいで。」
窓際の椅子に座ったまま、お父さんは少し離れたところにいたオレを呼んだ。なぁに?と近付いたら、細めだけどしっかりした腕がオレを抱え上げて、少しごつごつした膝の上へ座らせる。
いい子だね。
囁くようにそう言って、左右で色の違う両目がすぅ、と細くなる。頭を撫でる手はお母さんよりも少しだけ骨ばっていて、でもとても優しい。
「見てごらん。綺麗だよ。」
その言葉に従って、お父さんの目線の先、窓の外に広がる空を見上げた。一面ソーダ色だった空はいつの間にかすっかり真っ赤に染まっている。それは、お父さんみたいな、激しい赤だった。
もし、夕焼けがお父さんだとしたら。ふと、そんな考えが浮かんだ。もしそうだとしたら、この赤がこうして辺り一面を染め上げられるほど元気なのは、昼の間、穏やかな水色が空を飾ってくれていたからなんじゃないかな。だから夕焼けは安心して燃えていられる。慎ましくて優しい昼の空が、お母さんと同じように、夕焼けのお父さんを支えてるんだ。
自分のすぐそばにいる二人と同じ。別々になんて考えられない、特別な二人。
「おとうさんとおかあさんはなかよしだね。」
きっとそれは、予想外の言葉だったんだと思う。オレがそう話しかけた途端に、頭をなで続けていたお父さんの手がぴたりと止まった。
でも、それも一瞬だけ。お父さんには、オレが考えている事なんて何でもわかってしまうから。
大した間を置かずに、手はまたゆっくりと動き出す。
「うん。そうだね。」
一言一言、味わうように発せられた低音は、手のひらから伝わる熱と一緒にじわじわと胸に染みていく。その温かさに、なぜか胸がきゅう、と痛んだ。
訳のわからない苦しさに、むぅ、と顔をしかめているオレを見て、お父さんはふわっと笑った。そしてしわを伸ばすようにオレの眉間を指でつつきながら、「でもね」と、視線を空に戻して囁く。
「雲のない、澄んだ空の日には、夕焼けは紫色にもなるんだよ。」
びっくりした。いつも「眠そうだ」と言われるオレの目も、今ならきっとまんまるに開いてる。だって、紫の夕焼けなんて見た事がない。
でも…お父さんは嘘なんてつかないから、本当にあるんだろう。
オレの色。
そう呟きながら、もう一度、見慣れた夕焼けを見つめてみた。
さっき見た時と大して変わった様子のない空は、それでもさっきとは少し違う。
強く激しく辺りを包む赤色の端から、うっすらと顔を出し始めた濃紺。そして、赤と紺に挟まれた隙間には、小さな紫色。
お父さん色の夕焼けと、お母さん色の青空と。すごくきれいで大きなその二人が、心から誇らしかった。
それなのに感じた苦しさ。それは、そこに自分の色がない事、二人と同じ場所にいられない事が寂しかったからなのだと、オレはその時ようやく気付いた。
「ねー。おとうさんは、オレとおかあさんと、どっちのほうがすき?」
いつだったか、お母さんにしたのと同じ質問をしてみる。お父さんは「お母さんも敦も大好きだよ。どちらかは選べないな」と笑った。困ったような口振りだったけど、表情は雲一つない青空のように晴れやかで、華やかだ。
何ともないように「ふーん」と言いつつ、"大好き"と言われた事はやっぱり嬉しい。思わずにやけてしまう顔を隠そうと、お父さんの胸に頭をすり付ける。
「オレも、おとうさんとおかあさん、ふたりともだいすきー。」
足をパタパタさせながらのくぐもった声でも、お父さんにはちゃんと届いていた。「敦。足、行儀が悪いぞ」なんて、お父さんも照れ隠ししてるみたいだ。
ほんのちょっと前までは、大好きな人の一番がいいと思ってた。でも、こんなにしあわせなら、一番じゃなくてもいい。
「二人ともこんな所にいたんですか。本当に仲良しですね。…ボクも交ぜてください。」
聞こえた涼やかな声に顔を上げれば、目に飛び込むのは、大好きなお父さんとお母さんと、オレたち色の空。
こんな柔らかな時間が、これからもずぅっと続いていけばいいな。
この空が続く限り。
…なんて、ね。