繰り返し一粒(赤←黒火)

「なぁ、黒子」


声を掛け、隣に座る黒子の手を握る。

緊張した俺の声は自分でもわかる程震えていて、それに気付いた黒子はくすっと笑って、俺の手を両手で包んでくれた。


「どうしたんですか、急に」


ポーカーフェイスを少しだけ崩して微笑む黒子に、元から騒がしかった心臓がさらに激しく動き出す。

いつも、こうだ。
黒子は俺が望む時に、それをいち早く察して、欲しいものをくれる。

でもその優しさはきっと、"好き"だからじゃない。


黒子の穏やかな表情を前にいつも飲み込んでしまう一言を、辛うじて喉に留まらせる。

それは余程苦しそうに見えたのだろう。
火神くん、大丈夫ですか、と顔を覗き込んでくる黒子が本気で心配してくれているのがわかる。

俺がそれに無言で頷くと、黒子は少しだけ緊張を緩め、ほっとしたように息を吐いた。

俺の手を握り締める力も元の優しさを取り戻し、ようやく俺はずっと言えずにいた言葉を口に出した。


「黒子。…キス、してくれ」


俺のその一言を聞いた途端、黒子の手がピク、と動いた。

瞳に浮かんでいたのは、明らかに戸惑いの色だった。




俺からの告白で付き合い始めてから、黒子はいつも俺の隣にいてくれた。

元々恋愛事には淡白そうな黒子が時折囁く「愛してます」が嬉しくて、幸せで。

黒子を信じるには、それだけで十分だった。



でもある日、気付いてしまった。

愛を囁く時、黒子の表情が寂しげな事。
まるで嘘をついているように瞳が揺れる事。
じっと俺を見つめながらも、その瞳に映るのは俺の"赤色"だけだという事。


その感情の正体まではわからなかったけれど、黒子が"赤色"に縛られているのは確かだ。


それは付き合う前から何となく気付いていた事ではあったが、黒子が俺を見る度、その焦点がどこか遠くへと向けられる事に、俺は耐えられなくなっていった。

これ以上黒子の苦しそうな顔を見たくなくて、もしそれが忘れたい過去なら俺が忘れさせてやる、どうしても忘れられないなら身代わりにでもなってやる、そう思って告白したはずだったのに。


俺の向こうの影ではなく、俺自身を見てほしい。

黒子の苦しげな表情を目にする度、自分勝手なその感情ばかりが膨らんでいった。



だからこれは、俺なりに考えて、やっと踏み込んだ一歩だった。

断られたら、その時はきっぱり諦める。
承諾してくれるなら、それに勝る幸せはない。疑いなどせず、素直に黒子を信じよう。

そう、思っていた。


「…目、閉じてください」


言われるがままに目を瞑ると、黒子の手が肩に置かれた。

続いて感じたのは、ゆっくりと近付いてくる、微かな吐息。

そして、そうっと当てられた、柔らかな熱。

その優しい唇は少し触れただけで離れ、一瞬だけ、二人分の吐息が絡まって溶ける。

ああ、やっと、黒子とひとつになれた。


胸にじわじわと暖かさが広がり、充足感に満たされたまま、静かに目を開けた。



その瞬間、つい先程まで感じていた幸せは、一気に吹き飛んでしまった。


黒子は、泣いていた。

それは決して喜びの涙などではないのだと、それまで見た事がないほど苦しそうに細められた目が語っていた。


「…すみません、火神くん…」


黒子がぽつりと呟いた。




黒子が誘いを受けてくれた事、拒絶しなかった事に舞い上がってしまった愚かな自分が許せない。

黒子の一挙一動に嬉しくなったり落ち込んだり、幸せを感じたり。
独りよがりで一方的なその感情を、一瞬だって共有できはしなかった。

諦めるも何も、黒子との距離は最初から変わらず平行線のまま。

黒子がどうしたいかを知ろうともせず、身代わりにすらなれずに、一方的に求めて、黒子を傷付けた。

それでもまだ、一緒にいたいと願ってしまう。
黒子を好きだと思わずにいられない。

…そんな資格、俺にはないのに。


「ごめん」


馬鹿みたい、だ。




 …




キミがボクを好きだと言ってくれた事、本当に嬉しかった。

だから、思ってしまったんです。
このままキミと一緒にいれば、忘れられるかもしれないと。

この苦しさを紛らわせる事が出来れば、誰でも良かった。

ボクは、キミの気遣いを、純粋な好意を、利用しました。


「愛しています」

そうキミに囁く事で、自分に暗示を掛けようとしていました。

でも、この目に映るのはキミの"赤色"だけでした。
心の奥では、キミではない人に、愛を訴え続けていました。


キミの唇に触れた時、やっと、罪悪感を感じました。
一つになった吐息から感じた、キミの"幸せ"。
それを裏切り続ける事がどれほどキミを傷付けるか、その時ようやく気付きました。


ごめんなさい、火神くん。
いくら謝っても、謝り切れません。

ボクは、キミを幸せにはできません。
キミと幸せを共有する事は、できないんです。


それなのに。

キミを突き放す事すらできず、まだ「キミを好きになれたら良かったのに」と思うボクは、本当に、どうしようもない愚か者です。




「さようなら」の一言さえも、キミに言わず、隠したまま。





BGM:猫虫P『繰り返し一粒』







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