終わりと始まり(赤黒)


繋いでいる手は痺れて、もう感覚がない。

微かに感じ取れた血の流れる拍動は、まるで同じ血が流れているようで。
キミと、ひとつになれたようで。


触れる前の冷たさは、もう思い出せなかった。









「あの日から、ボクはずっとキミにすがって生きてきたように思うんです」


部活後、着替え終わった部室で黒子が呟いた。

窓から差し込む夕陽が部室全体をオレンジ色に染め、黒子の頬に陰を落とす。


「そうか」


俺がそう返すと、黒子は不服そうに眉をひそめる。


「あの日っていつか、とか聞かないんですか?」

「お前が初めて試合に出た日だろう?」

「…やっぱりわざとだったんですね」


あの日、緊張して本来の力を発揮できずにいた黒子に、彼の力を生かすために感情を隠す事を教えた。

言葉の裏に、"表に出さなくても俺は気付いてやるから"という意思を込めて。

それによって彼を"影"として確立させると同時に、俺に依存するように仕向けたのだ。


黒子は、それ以来俺の側を離れなかった。

俺の言う通りに動き、少しでも俺に近付きたいのだと、必死になって汗を流した。


そんな黒子がたまらなく愛しくて、俺もそれに応え、彼が望むものを与え続けた。
次に進むべき道を。寄り添う温かさを。
そして、絶対的な勝利を。



黒子は小さく息を吐く。


「赤司くんが示してくれた道を、ずっと歩いてきました。赤司くんが望む通りに。行くべき道がわからない辛さから救ってくれた感謝の意味もありましたし、何よりもキミが喜んでくれるのが嬉しくて。ボクにとっては、キミがすべてです。もうキミの側から離れる事なんて考えられない。…でも」


それでも、キミはボクを必要としてはくれない。



無表情のまま、黒子は俺を見つめた。
その深い水色の瞳からは、感情を読み取る事ができない。


その時、俺は気付いた。

いつからか、黒子の感情が読めなくなっていた事に。


「…黒子、」

「赤司くん」


表情を変えず、俺の言葉を遮って、彼の口から紡がれた言葉。


「ボクは、バスケ部を辞めます」


静かに響くその声は、ひとつの世界の終わりを告げる音だった。









痺れて感覚のなくなった手は、もう微かな拍動すら感じなかった。


そこにあって当然のものなのだと、慢心していた。

ひとつになれたのだと、錯覚していた。



その手が離れていた事に気付いたのは、忘れていた冷たさで支配された後だった。





 …





求めれば求めるほど、それが独りよがりに思えて。


(ボクは、キミの心臓になりたかった)

なんて陳腐で滑稽な台詞かと、自分でも思う。

でも、キミの心臓は、キミとずっと一緒だ。
キミの感情に合わせて動き、キミを生かし続けて、キミと共に終わりを迎える。

それは、どんなにか幸せな事だろう。


(そうすれば、キミを生かすも殺すも、ボク次第です。キミは、ボクなしでは生きられない。…素敵じゃないですか?)

ただ、キミに、必要とされたかった。




狂い出したのは、いつから…?








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