のんびり(赤黒)

「今、お茶持ってきますね」


そう言ってテツヤは部屋から出て行った。

ぐるりと部屋の中を見回してみる。
物が少ないテツヤの部屋は全体的にすっきりと片付いていて、唯一存在感を発している大きめの本棚には小説やバスケ雑誌がぎっしりと詰め込まれている。

(相変わらず、テツヤらしい部屋だな)

久しぶりに来た飾り気のない部屋は、どこか自分の部屋よりも落ち着く気さえする。
用意された座布団の上に座って目を閉じていると、誰かが部屋のドアを開ける音がした。


「おかえり、テツ…ヤ?」


とてとてとて。
ぽすん。

てっきりテツヤが戻ってきたのかと思ったが、そうではなかった。
入ってきたのは、テツヤではなく、もっと小さな、ふわふわの生き物。


「…犬?」

「わんっ」


前に来た時にはいなかったはずだが、犬を飼い始めたのか。
隣に腰を下ろした犬の頭を撫でると、犬は嬉しそうにパタパタと尻尾を振る。
そこまで動物好きなわけではないが、こういう人懐こい犬は好きだ。
大好きな恋人のペットなら、尚更。

(それにしても、よく似てるな)

同じシャンプーを使っているのか、犬の毛はテツヤの髪と同じような手触りで、ふわりと漂う微かな匂いも同じだ。
身体が少しだけ触れるように隣に座るのも、頭を撫でた時の目の細め方も似ている。
ペットは飼い主に似ると言うが、こんなに似るものなのかとつい笑ってしまう。


「テツヤ」


戯れにそう読んでみると、犬はきょとんとした目をして首を傾げた。
仕草も目も、本当にテツヤそっくりだ。

思わず「かわいいな」と溢し、顔を両手で包み込むようにぐしゃぐしゃと撫でた。
すると、その撫で方が気に入ったのか、犬は尻尾をより激しく振りながら勢いよく飛び付いてきて、僕はカーペットの上に押し倒される形になった。


「こら。頭が高いぞ」


犬を身体の上から下ろし、横に仰向けに寝かせて腹をさする。
遊び疲れたのだろう、犬はうっとりとしてそのまま寝てしまった。

無防備なその姿も、恋人そっくりで。

気持ち良さそうな犬の寝顔を眺めているうちに、僕も寝てしまっていた。




 …




ただお茶を淹れるだけなのに、カップを割ってしまい、その後始末に追われていた。
それが終わってお茶を用意して時計を見ると、部屋を出てから軽く30分は過ぎている。

部屋で待っている恋人は、そろそろ怒っている頃だろうか。

急いで部屋へ向かう。
すると、部屋を出る時ちゃんと閉めたはずのドアは、少しだけ開いていた。
疑問を浮かべながらドアノブに手を掛けた時、隣の部屋に入れていたはずの2号がボクの部屋から出てきた。


「またドアを開けたんですね。今日はお客さんが来るからダメって言ったでしょう?」


再度2号を隣の部屋に押し込み、ドアを開ける。
2号がボクの部屋から出てきたという事は、赤司くんももう2号と会ってしまったという事だ。

(赤司くんが犬嫌いとかでなければ良いんですが…)

もし火神くんのような犬嫌いだったら、部屋の中はさぞかし散らかっている事だろう。
ボクは、軽く覚悟してドアを開けた。


「すみません、赤司くん。遅くなってしまって…あれ?」


部屋の中は散らかってなどいなかった。
代わりにそこにあったのは、すやすやと寝息を立てる恋人の姿。

(赤司くんが寝てるの、初めて見ました…)

よほど疲れていたのだろう。
誰かが近くにいるのにも関わらず眠ったままというのは、普段の赤司くんには有り得ない事だ。

赤司くんに薄い毛布を掛け、隣に座る。

(きれいな寝顔…)

そっと赤司くんの手を握ると、赤司くんは目を閉じたまま、きゅ、と握り返してくれる。
それはまるで、一緒に寝ようと誘っているようで。

ボクも、赤司くんの隣で静かに横になり、目を閉じた。







「そうか…テツヤの犬ではないのか。残念だな。京都に連れ帰ってしまおうかと思ったのに」

「…赤司くん、そんなに犬好きなんですか?」

「犬が好きというより、テツヤが好きだ。この犬はテツヤにそっくりだからな」

「…赤司くん」

「それに、こいつを連れて行けば、テツヤが僕に会いに来る良い口実ができるだろう?」


もっと、一緒にいたいんだ。
大好きなテツヤと。








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