笑顔(赤降)
「征ちゃん。こっちこっち」
部活中。
ニヤけ顔の玲央に呼ばれて向かった先には
「あ、赤司! 久しぶり!」
光樹がいた。
…
いつもやっている自主練まではせずに部活を終え、光樹の所へ向かう。
光樹が来ていると知った時、僕と彼との関係を知っている部員達は、今日は先に帰ってもいいと言ってくれた。
しかし、部長という立場上それでは示しがつかないと思い、光樹には部活が終わるまで待っていてもらったのだ。
「すまない。待たせたな」
体育館の外で待っていた光樹に声を掛けると、彼は嬉しそうに振り返った。
「ううん、全然! オレの方こそ、急に押し掛けちゃってごめん」
「いや、それこそ気にする事はないよ」
会えて嬉しい。
そう返すと、光樹は照れたように笑ってくれた。
今日は家の用事で親と一緒に来ていて、親は親戚の家に泊まるらしい。
自分もそこに泊まる事もできるが、せっかく京都まで来たのだからできるだけ赤司と過ごしたい、もし迷惑じゃなければ泊めてくれないかな、なんて頬を染めて言うものだから、僕に断るなんて選択肢は存在しないも同然だった。
夕食をマジバで軽く済ませ(テツヤの付き合いで通っているうちにハマったらしい)、高校からそう遠くない、僕が住んでいるマンションへと向かう。
部屋に着くなり、光樹は自分の持ってきた荷物を漁りながら「赤司に渡したい物があるんだ」と言った。
そうして鞄から取り出されたのは、一冊のノート。
何故か恥ずかしげに渡されたそれを受けとると、表紙には『ネタ帳』と書かれていた。
「光樹、これは…?」
「えっと…、ネタ帳、です」
ページをパラパラとめくってみると、ひたすらダジャレが記されていた。
そういえば、誠凛にはダジャレ好きな先輩がいると聞いた事がある。
光樹もダジャレが好きなのだろうか?
これを僕に渡したのはカミングアウトのため…か?
「…どうしてこれを僕に?」
考えてもしっくりくる答えが出ず、光樹に問う。
すると、光樹は顔を赤くし俯きながら言った。
「…赤司に、笑ってほしくて」
答えを聞いたにも関わらず、光樹の考えは読めなかった。
ダジャレのネタ帳を渡されるほど、僕は笑えていなかったのだろうか。
他人の目には気を遣っていたのだが…。
いまいち納得できないまま、それでも光樹に気を遣わせてしまった事が申し訳なくて「すまないな」と謝ると、光樹は慌てて「そうじゃないんだよ!」と否定した。
「赤司はさ、いつも相手のために笑ってる気がするんだ。相手を落ち着かせるため、とか。もちろんそんな優しい赤司だから好きになったんだけど、でも、だからこそ、もっと自分のために笑ってほしいんだよ。何て言うか…理由なんかいらないから、ただおもしろいとか嬉しいとか、赤司が感じたままに、心から笑ってほしいんだ」
ああもう、うまく言えない! ていうか、そのための手段がダジャレっていうのは自分でもどうかなとは思ったんだよ。でもいくら考えてもそれくらいしか思い付かなくてさ…。
段々と声を小さくして、光樹は下を向いてしまった。
そんな光樹を、黙って抱き寄せた。
光樹が僕の事を考えて、僕のために悩んでくれた事、そして僕のために行動してくれた事。
そのひとつひとつが、すごく嬉しい。
光樹が、愛しくて堪らない。
僕は、自然と笑顔になっていた。
ありがとう、と耳元で囁く。
すると、俯いていた顔を上げた光樹は僕が笑っている事に気付き、真っ赤な顔をして、ふにゃ、と笑った。
「うん、その顔! オレその顔大好きだよ」
込み上げてきた伝えきれないほどの"大好き"は、抱き締める腕の強さに込めた。
光樹を抱き締めている時は、僕はいつだってこの顔をしているよ。
いつも腕の中にいる光樹には見えていないかもしれないが。
光樹がいてくれる。
ただそれだけで、僕は笑顔になれるんだ。