友達の唄(高+緑)
土砂降りの雨の中で真ちゃんが流した涙を、オレは見ていた。
その涙を見たオレの涙に、真ちゃんは気付かなかった。
でも、それでいいんだ。
これから先、雨の日なんて数えきれないほどあるだろう。
だから、あの日の雨なんて忘れてしまえばいい。
これからは、オレが、真ちゃんの傘になってやる。
真ちゃんを濡らそうとする雨なんて、オレが阻止してやるから。
真ちゃんはもう泣かないで、傘の中で笑っててよ。
…
春、桜のつぼみも色づき始めた今日の良き日に。
オレ達は、この秀徳高校を卒業した。
入学時、打倒キセキの世代!なんて意気込んでいたオレにとってのこの3年間は、1日だって思い通りに進んだ日はなくて、それでも思っていたよりずっと楽しい日々だった。
そんな日々も、今日で終わりだ。
明日からは、また新しい毎日が始まる。
「高尾、何をボケッとしているのだよ」
チャリヤカーの荷台にいる真ちゃんが声を掛けてくる。
こうして真ちゃんを乗せて走るのも最後だと思うと、いつもは疲れるチャリを漕ぐという行為にも寂しさしか感じなかった。
結局じゃんけんには1回も勝てなかった。
でも真ちゃんにチャリを漕がせるなんて真似はさせたくなかったから、ちょうど良かったかもしれない。
「何、心配してくれてんの? 真ちゃんったら優しー」
「なっ…違うのだよ!!」
いつも通りの真ちゃんの反応に、笑みが溢れる。
他のヤツらは取っ付きにくいとか言ってたけど、本心を滅多に表に出さないオレと違って、真ちゃんの気持ちはいつだって手に取るようにわかった。
ツンデレだから素直に口に出す事は滅多にないけど、表情や行動が言葉以上に多くを語っていたから。
わがままで、繊細で、誰よりも努力家なエース様。
そんな真ちゃんは、四月から医大に進学するらしい。
真ちゃんが医者を目指しているのは知っていたから、オレもそっち関係で何か目指そうかなとも思った。
でもそれが真ちゃんにバレたら、将来をそんなに軽い気持ちで決めるな、なんて怒られるだろうな。
そう思って、オレは真ちゃんとは別の大学を選んだ。
もう今までのようには会えないし、同じ目標に向かって汗を流す事もない。
いつも近くにいて、真ちゃんが感じる孤独感を拭ってやる事もできない。
…遠くなっちゃうんだな。
そんな事をひたすら考えてるうちにも、オレの足は順調にペダルを漕いでいて。
いつの間にか、真ちゃんの家に着いてしまっていた。
こんなんじゃダメだ、決めただろ?
最後は笑顔で、って。
昨日、布団の中で一人決心した事を思い出す。
もし真ちゃんがオレを思い出す事があったら、記憶の中のオレはいつだって笑顔でいたい。
そして、真ちゃんを元気にしてやりたいんだ。
…それが、今のオレに唯一できる事。
「着いたぜ、真ちゃん」
これで、最後だ。
オレ、ちゃんと笑えてるかな?
「三年間、ありがとな。こんなに楽しく過ごせたのは、全部真ちゃんのおかげだよ」
震えるな、オレ。
大丈夫だって。
お前はこの天才の相棒なんだぜ?
「ま、いろいろ大変だろうけどさ、頑張って、立派な医者になれよな」
これからも、今までと同じように人事を尽くしてくれよ。
真ちゃんが頑張ってるって思えば、それだけでオレも頑張れるからさ。
やべ、視界がぼやける。
早く立ち去んねーと。
思いっきり元気に。
オレにできる限りの、飛びっきりの笑顔で。
「オレさ、真ちゃんに会えて、ホント良かったよ。じゃあな、エース様!」
「…高尾」
急いでチャリに跨がる。
なるべく普段通りに、でも決して顔を見られないように。
「高尾!」
「ん? どうした?」
「こっちを向くのだよ」
「…嫌なのだよ」
「真似をするな」
ぐい、と肩を掴まれ、仕方なく真ちゃんの方を見た。
真ちゃんから顔を背けた途端に抑えきれなくなった涙が、もうオレの顔面をぐしゃぐしゃにしてる。
あーあ。せっかく笑顔で別れられるかと思ったのに。
でも真ちゃんはそんなオレの様子にも思ったより驚いていなくて、ただ「お前はいい加減一人で抱え込むのを辞めた方が良いのだよ」と言った。
「お前はこれからも俺に会いに来るのだろうな?」
「へ? …行っていいの?」
「やはり来ないつもりだったのか。"またな"ではなく"じゃあな"だったから、少し引っ掛かったのだよ」
まったく、とため息をつく真ちゃんに、オレは動揺した。
「だってさ、これからは…大学だって別のトコだし、真ちゃんはこれまで以上に勉強とか忙しくなるだろうし…オレがいたら邪魔じゃね? つーか、オレのこといつもうるさいって言ってたし、会わなくなって清々するとか思われてるかと…」
「今まで毎日会っていたお前が全く現れなくなったら、逆に気になってそれこそ勉強どころじゃないのだよ。お前はこれまで通り、俺が寂しいと思う前に鬱陶しい程のハイテンションで会いに来れば良い」
ああ、真ちゃんはわかってたんだ。
「本当に気に入らないのなら、こうして一緒に登下校だってしない。…俺だって、お前には感謝しているのだよ」
ちょっとひねくれた、でも素直な言葉。
その真ちゃんの言葉は、いつの間にかオレの冷たい涙を温かいものに変えていた。
あの雨の日からずっと、オレが真ちゃんを守ってやるって思い続けてた。
でも、守られてたのはオレの方だったのかも知れない。
どんなに背中が濡れて冷たくなっても、正面からくる暖かさがオレを救ってくれた。
オレがオレでいられたのも、真ちゃんのおかげだったんだ。
涙は、我慢しなくてもいいらしい。
だって、おかげでこんなに優しく笑う真ちゃんが見れたから。
…
とりあえずさ、桜が咲いたら、今年も一緒に見に行こーぜ?
またな、エース様!!
BGM:BUMP OF CHICKEN『友達の唄』