告白(紫+赤黒)

*赤司設定捏造。







君に、伝えたいことがある。
上手く言葉に出来ないけれど……。



 ……



「また夜寝なかったのー?」
「ちょっと考え事をしていてね」
「赤ちん頑張りすぎだし。もうちょっと休まなきゃダメだよー」
「ああ、今日はちゃんと休むよ」

 すっかり暗くなった道の途中。そう言っていつもの笑みを返すと、隣を歩く敦も問い詰めるのを止め、いつものように黙って前を向く。
 秋田に住んでいる敦は、部活が休みの度に京都の僕に連絡をくれる。そして時にはこうして会いに来てくれるのだ。そんな彼を僕は、物理的な距離は遠くてもキセキの中で一番身近な存在と認識している。
 一見何も考えていないようだが、敦は意外に観察力が優れている。今日も、まるで毎日会っているかのように僕の疲れを見抜き、心配してくれた。
 でも、そんな敦にも、きっと気付かれてはいないだろう。
 僕が「寝ていない」のではなく「眠れない」のだとは。

 いつからだったかは覚えていない。いつの間にか、睡眠を取ろうとしてもそれができないくらい、テツヤが頭から離れなくなっていた。目を閉じると瞼の裏に空色が浮かび、その息遣いまで聞こえる気がする。
 そして、眠れたとしてもテツヤの夢を見るのだ。テツヤの、幸せな頃の笑顔ならまだ良かったが、よりによって退部届を差し出す、あの思い詰めた顔を。

 あの時、珍しく目に見えてわかるその表情に圧倒されて引き留める事ができなかった。それが僕の記憶の中では一番最新の顔だという事を思い知らされ……テツヤに会いたくなる。

 こんなに誰かに振り回されるのは初めてで、恋煩いというものだと認めざるを得なかった。
 僕にとって勝つ事は基礎代謝。だから恋なんて"敗北"は認めたくなかった。
 でも、この状態は明らかに敗けだろう。息を吸う事すらできていないかのようにひどく苦しい。正直、自分がここまで苦しめられるとは思っていなかった。惚れた弱みとはできた言葉だとつくづく思う。

 テツヤに出会うまでは、読めない奴なんていなかった。どんな奴でも考えや行動が手に取るようにわかったのに、テツヤだけはまるで読めなかった。
 その初めての人間はどれだけ探ってもまだ奥があって、気付けば僕はその深みから抜け出せなくなっていた。日に透けて輝く色素の薄い髪。そこから覗く、深く強い瞳。練習後の白い肌に浮かぶ微かな朱。薄く整った唇から紡ぎ出される凛と通る声。しなやかな四肢。何よりも、内に宿した真っ直ぐな意志。テツヤのすべてが僕を惹き付けた。最初から、僕はテツヤに敗けていたのだ。

 そして、僕が一方的に好意を寄せているだけのテツヤとの関係は、あの別れの時までずっと"チームメイト"だった。
 せめて"友達"になれていたら、敦のようにこうして時々会う事ができたのだろうか。


「赤ちん、だいじょーぶ? 少し休もうか?」

 敦の問い掛けに苦笑する。前の僕なら、こうして周りに心配をかける事もなかったのに。

「大丈夫だよ。すまないね、心配させてしまって。敦は優しいな」

 すると敦は眠そうな目を少し見開いて、照れたように笑った。

「別に優しくないしー。赤ちんが元気な方がオレが嬉しいだけだから」

 赤ちん大好き、と。ストレートに向けられる好意を嬉しく思うと同時に、例え友達としてでもそんな事をさらっと言える敦を羨ましく思ってしまう。

 恋愛は敗北、告白は敗北宣言だ。
 でも……実際に敗けているのなら、それを認めて宣言する事こそ、強く、正しい事ではないだろうか?

 僕の中でそんな考えが過り、同時に何かが吹っ切れた。
 伝えよう、テツヤに。この気持ちを。

「ありがとう、敦」
「いえいえー」

 僕の感謝の対象が少しずれたところにある事を知らない敦は、ぎゅー、と言いながら背中に覆い被さってきた。どうやら僕の悩みが薄れたという事は感じ取ったらしい。
 そんな敦を愛しく思いながら、僕達はそれぞれの家に帰るため駅へと向かった。



 ……



 今日は部活が休みで良かった。練習をしたって、きっと実にならなかっただろうから。こうして家にいたところで、落ち着いていられるわけでもないけれど。
 ……一体どうしたんだろう。赤司くんが、会いに来るなんて。

 一週間前、赤司くんからメールが来た。本当に久しぶりの、帝光中バスケ部を辞めて以来のメールで、すごく緊張した。内容はいたって簡潔で、次の土曜に会えないか、というものだった。メールや電話ではなく、直接会って伝えたい事があると。正直戸惑ったけれど、ちょうど部活も休みだとわかっていたし、特に断る理由もなかったので会う約束をした。
 赤司くんには、ボクも話したい事があった。バスケ部を辞めた時、辞めた事自体は今でも後悔していないけれど、退部届を赤司くんに渡してしまった事をずっと謝りたかったのだ。顧問の先生に渡せば良かったのに赤司くんに渡したのは、ボクの身勝手さからだったから。

 あの時きっと、ボクは思い詰めた顔をしていたと思う。
 バスケが好きで、それでも向いていないとわかって辞めようとしたボクに、残る理由を与えてくれた赤司くん。でも、そのバスケを楽しむ事よりも圧倒的な勝利を優先させたのも赤司くんだ。そして、そこにボクは必要ではなかった。
 赤司くんの目にボクを映したかった。ボクを、忘れずにいてほしかった。その勝手さが自分でも痛いほどわかっていて、それでも止められなかった。
 本当に、大好きだったのだ。

 その身勝手さは、きっと、恋。



 ……



 久しぶりに会ったテツヤは何も変わっていなかった。僕が好きになった、あの頃のままだ。

「久しぶり。テツヤは全然変わっていないね」
「お久しぶりです。赤司くんは……ちょっと変わりましたね」

 そう言って、テツヤは僕の目を見た。
 テツヤと離れてから変わった、僕の左目。自分でも不思議だが、中学を卒業してから左目だけが急に色素を弱め、色を変えた。まるでテツヤのいない世界など見る価値もないとでも言うように変わった左目は、テツヤに無邪気な好意を寄せる涼太を思わせる色になっていた。

「ああ、自分でもよくわからないんだけどね」

 赤司くんでも知らない事があるんですね。
 驚いた顔でそう言ったテツヤに、僕だってわからない事くらいあるよ、と微笑む。

「赤司くん、一人称も変わったんですね。それに呼び方も。前は名字でしたよね?」
「そうだね」

 テツヤ。これを言ったら、お前は驚くだろうか。

「……テツヤを、もっと身近に感じたかったんだよ」

 テツヤは元々大きな目を更に大きくして僕を見つめた。こういう時の沈黙は痛い。知識としては知っていたが、実際に立ち会ってみるとわかる。皮膚で、というよりも、もっと深い所で痛む何か。

「一人称が"僕"なのは、そうすればテツヤとお揃いだからだ。それと、名字で呼ぶよりも、名前の方が親しい感じがするだろう? ……正直、寂しかったんだよ。テツヤ達と離れて一人でするバスケは、予想よりもずっと寂しかったんだ」
「赤司くん……?」
「こんな事を言われても、テツヤは困るかも知れないけど」

 いつの間にかテツヤから逸らしていた視線を戻し、テツヤを見た。

「テツヤ、大好きだ。初めて会った時から、ずっと。…大好きなんだ」

 告白しようと決めてから散々悩んだが、結局伝えたい事は上手く言葉にできなかった。だから、テツヤの目を見た。逃げるのを止め、言葉以外で、全身で、伝えようと思った。
 テツヤの深い瞳に映った僕は、その海に吸い込まれて溺れている。
 相変わらずテツヤに敗けたままの僕は、この"大好き"を、ちゃんと伝えられているだろうか。

「……ボクも、言っても良いですか」

 僕を見つめたまま口を開いたテツヤは、僕の頷きを待って言葉を続ける。

「大好きです」
「……え?」
「ボクも、赤司くんの全部が大好きです。赤司くんがボクに気付く前からずっと大好きだったんです。でも、ボクの"大好き"はすごく自分勝手で…とても言えませんでした。赤司くんはやっぱりすごいです」
「……僕は、ずっとテツヤに敗け続けてる。テツヤには勝てない」
「ボクの方こそ赤司くんには敵いませんよ。でも……赤司くんがそう言うなら、引き分けという事にしませんか? ライバルっぽくてちょっと新鮮ですよ」
「引き分け、か。…そうだな」

 ずっと勝利と敗北しかなかった僕の世界に生まれた、"対等"という新たな光。それを、テツヤが教えてくれた。

 僕もテツヤも、どちらともなく、ふ、と笑った。



「僕の全てはテツヤのものだよ。テツヤのためなら、命だって惜しくない」
「赤司くんが死んで一人になるのは嫌です。僕と一緒に生きましょう?」

 二人なら、向かう所敵なしです。



 ……



 どうか、聞いてほしい。

「大好きだ」





BGM:FUNKY MONKEY BABYS『告白』






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