プラネタリウム(緑→黒)
理科の授業で星について習った。
星には少し興味があったが、夏の大三角形だとか、北極星だとか、明るい教室で聞いても正直ぴんと来なかった。
ただ、独り言のような先生の話を聞く無表情な彼の目が静かに輝いていたのが、とても印象的だった。
…
(思ったより簡単だったな)
部屋の電気を消しながら、緑間の意識は後ろへと向けられていた。
そこには、先程作り終えたばかりの簡易プラネタリウムがある。
参考書を買いに行った本屋で、美しい宇宙の写真が表紙の科学雑誌が目に留まった。
吸い込まれるような銀河系の写真。それを手に取って眺めるうち、足が自然とレジへ向かっていた。
それに付録として付いていたのが、このプラネタリウムのセットだったのだ。
暗くなった部屋の中、手探りでプラネタリウムのスイッチを入れる。
瞬間、部屋は一面の星空に包まれた。
緑間の部屋は元々几帳面に整理されているせいもあって狭くはないが、こうして見ると、いつもよりもずっと広く見える。
その偽物の宇宙を、緑間は無心に眺めていた。
ただ、その視線は無意識の内にあるひとつの星に集中していた。
作り方には載っていなかった、現実には存在しないはずの星。
その星の名前は、穴を開ける前から決まっていた。
「…黒子。」
声に出し、呼んでみる。
バスケが大好きな、元チームメイト。
緑間と彼は相性が悪く、お互いに苦手意識を持っている。
だが、緑間のそれは、彼の素直ではない性格のせいだ。
お世辞にもバスケが上手いとは言えない黒子の、バスケへのひたむきさ、周りを引き立てるプレイスタイルによって、いつしか緑間は黒子を尊敬するようになっていた。
その感情があまりに大きくなりすぎた緑間は、黒子を真っ直ぐ見ることができなくなり、チームメイトとして普通に話すことさえ難しくなっていったのだ。
それを考えると、ただでさえ少し変わっている緑間にあからさまに避けられ、冷たいとも思える態度を取られ、しまいには自分への睨むような視線にも気付いてしまった黒子が緑間に苦手意識を持つのは至極当然の事だが、緑間はそれには気付かない。
そんな黒子は、一度完全に緑間を含むキセキ達から自分を隔離した。
そして再会した時には、とても自分達ほどの実力を持ち合わせてはいない新たな淡い光の影となっていたのだ。
あの圧倒的な力を持つ青峰だったから、黒子の光が自分ではないという事にも耐えていられたのに。
緑間にとって新しい光の存在はあまりに衝撃的で、黒子に裏切られたとさえ感じた。
しかし、実際のところ、黒子は変わってなどいなかった。
むしろ、キセキ達がバスケを楽しめるように、キセキ達のバスケへの向き合い方を変えるために、自ら憎まれ役を買って出ていたのだ。
それがわかった時、黒子への尊敬は以前にも増して強くなった。
もう一度黒子とバスケがしたいと、真剣に思った。
だが、黒子はもうチームメイトではない。
緑間にチームメイトとの信頼を説いた黒子は、今は自分達以外の者をチームメイトと呼び、信頼している。
同じコートに立てても、お互いのチームの信頼と力を見せつけ合うことしかできない、敵になってしまった。
気付くのが遅すぎた。
もう、どんなに求めても、自分が黒子と支え合う事は叶わないのだ。
…黒子を、自分だけのものにしてしまいたかった。
その想いの象徴が、この星。
緑間が造り出した、緑間にしか見えない星。
天井に映った星に、そっと手を伸ばしてみる。
決して届くはずのなかったその星は、いとも容易く緑間の手に触れる。
その瞬間、これは所詮自分の空想でしかないのだという現実と激しい後悔に襲われ、緑間は急いで伸ばした手を戻した。
"黒子"は、何事もなかったかのように輝いていた。
消えそうな程弱い光なのに、決して消えてはくれない。
泣きたい程近くにいても、決して届くことはない。
緑間は窓を開けた。
そこでは、本物の星が輝いている。
あの星は、ない。
ないはずなのに、確かにそこに見えてしまう気がして、緑間は一人、自嘲気味に笑った。
見ないようにしても見えてしまうなら、いっその事見続けていよう。
誰に迷惑をかける訳でもない。
ただ、気付けなかった自分への戒めとしてこの痛みを味わい続けよう。
そして、もし次があったなら、その時こそは見失わずにいられるように。
きっとそれが、俺に尽くせる人事だ。