願い(黒黄)
(星が綺麗だ…)
部活帰り。
今日も遅くなってしまったと急ぐ家路の途中、ふと目に入った夜空に目を奪われた。
星は太陽の光を受けて輝くのだと知った時、まるで彼のようだ、と黄瀬は思った。
影として、光をより輝かせることが自分の役目だと自負する彼。
彼から放たれる、とても反射しているだけとは思えない優しい光は、いつでも自分を照らし、包んでくれていた。
しかし、いつも自分が無意識に求め続けたその光が、光源として自分を求めてくれることはなかった。
太陽としてその星を輝かせる役目は、自分のものとはならなかったのだ。
自分は太陽と星の恩恵を受けるだけの傍観者に過ぎず、決してその中には入れない。
黄瀬は無意識に手を伸ばしていた。
刺すように冷たい空気の中、震えながら空へと伸ばされたその手は空を切る。
すぐ近くにあるように見えるのに、やはりその手が星に触れることはない。
黄瀬はゆっくりと手を下ろした。
それでも、その日々でさえもキセキだったのだと黄瀬が気付くのは、もっと先の事だ。
星は無表情のまま瞬いていた。
…
「くーろこっちぃーっ!!」
今日は二人とも部活がなかったため、久しぶりに会う約束をした。
珍しく黒子よりも先に待ち合わせ場所に着いていた黄瀬は、自分の方へと近付く黒子を見付けて大きく手を振った。
その様子はまるでしっぽを振る大型犬で、頭にはぴんと立った犬の耳まで見えるようだ。
黒子は静かにため息をついた。
「黄瀬くん。もう少し静かにしないとまた人に囲まれてしまいますよ」
そう言う黒子に構わず抱きつく黄瀬は、全身から幸せを滲ませていた。
久しぶりに会うのだから、とりあえずゆっくり話せる場所に行こう。
そう言って二人が向かったのは、いつものマジバだった。
二人ともバニラシェイクを頼み、席に着く。
黄瀬くんがバニラシェイクなんて珍しいですね、と言う黒子に、黄瀬は、たまには黒子っちとお揃いってのもいいかなーと思って、と笑う。
部活の話、授業の話、家での話などネタは尽きない。
マシンガントークを繰り広げる黄瀬に、黒子も無表情ながら楽しげに相槌を打っている。
窓際の席は日当たりも良く、仲のいい相手との他愛のない会話に自然と心が落ち着いてくる。
ふと窓の外を眺めてみる。
眩しい光の中、知らない人が流れていくだけの、いつも通りの景色。
それを眺めるという行為に、黄瀬は気付かぬうちにいつかの感覚を呼び覚ましていた。
自分がどうしていようと、世界は変わらずに動き続ける…。
嫌というほど味わったものと良く似たその感覚に、黄瀬は無意識に沈んでいった。
「黄瀬くん?」
はっとした。
顔を上げると、怪訝な目をした黒子が黄瀬を見つめている。
いつの間にか自分が暗い顔をしていた事に気付いた黄瀬は慌てて笑顔を作った。
「別に何もないっスよ、ただいい天気だなーと思ってただけで」
そう言った黄瀬の顔にはいつもの無邪気さがない。
当然、黒子がそれを見逃すはずはなかった。
「…黄瀬くん。ボクに隠し事するんですか」
黄瀬はびくっとして、それ以上隠すのを諦め、ため息をついた。
元々隠し事は苦手なのに、相手は観察眼に特に優れた黒子なのだ。
とても敵うわけがない。
「…さすが黒子っちっスね。でも、ホントに天気の事を考えてたんスよ? ただちょっと…嫌な事を思い出しただけなんス」
「嫌な事…?」
ああ、やはり続きを求められた。
このままごまかし続けるのは難しいし、言わずに済んだとしてもすっきりしないままになってしまうだろう。
せっかく会えたのだから、ちゃんと楽しみたい。
…どうせ、いつかは言ってみようと思っていた事だ。
黄瀬は覚悟を決め、懸命に自分を落ち着かせながら、ぽつり、と話し始めた。
「暗い話になっちゃうんスけど…」
あの全中の後、いなくなった黒子っちにどうしても会いたくて、俺ずっと探してたんス。
黒子っちは拒絶の言葉すら残してくれなかったから。
寝ても覚めても黒子っちの事ばっかり考えてて。
誰かの気配に期待して振り返って、勝手に落ち込んだり。
今まで当たり前のように側にいてくれたから、それにいつの間にか甘えてたんスね。
いなくなってから求めるなんて勝手過ぎるけど、黒子っちがいないってだけで、すごく苦しかったんス。
こんなに苦しいのに、それを言う事もできないじゃないか、なんて恨んでみたりね。
自分の方が先に黒子っちを苦しめてたくせに、自分にそんな資格はないって事もわかってたくせに。
…ただ、側にいたいって。
拒絶でも良いから、声が聞きたい、って。
他の事は何も考えられなかったけど、それだけはずっと考え続けてた。
そんな時に、一瞬だけ意識がはっきりした時があって、その時見えたのが、ちょうどこんな晴れた日の空だったんス。
黒子っち色の空。
でも、黒子っちの色は確かに俺を包んでくれてたのに、そのどこにも黒子っちが感じられなくて…。
そんで、その時に気づいたんスよ。
そんな状態でも、ちゃんと時間は過ぎてたんだって。
普通に太陽は昇って降りて、木に付いてる葉っぱも緑じゃなくなってて、周りにいる人たちもそれぞれ暮らしてて、こんなに苦しんでる自分でさえも普通に立っていられてる…って。
何もかも、『いつも通り』だったんス。
まるで、黒子っちも俺も世界に必要ないって言ってるみたいに。
声を出して泣いたのは、あれが初めてだったよ。
どんなに言葉を発しても、心が叫んでも、何も変わりはしないのに…。
「黒子っちをもう一度見ることができて、もう一度声を聞けて、また当たり前のように側にいられて…俺、すごく幸せっス。もう、何も望まないよ」
そう言って笑った黄瀬に、黒子はどう言葉を返せばいいかわからなかった。
ただ、テーブルの上で微かに震えていた黄瀬の手に、自分の手をそうっと重ねた。
「話してくれてありがとうございます。重ね重ね辛い思いをさせてしまいましたね…本当にすみません」
「黒子っち! 謝らないで? あの期間があったから、俺も色々気付けたんスよ。それに、今こんなに嬉しいのも、あれがあったお陰っス。今は…感謝してるよ」
二人はお互いに、日差しのような穏やかな微笑みを浮かべた。
今の幸せを噛み締めるように。
…
―もし、また自分の前から黒子が消えてしまったら。
"一生のお願い"は、黒子との再会のために使ってしまったから。
だから、せめて。
あの苦しさを味わうのはもう嫌だから。
…せめて、その時には、ちゃんと世界が終わってくれるように。
それが、最後の、願い。