母親が皆違く、性格も顔も似てない。
だが、個人個人それぞれの才能に溢れていて、どこへ言っても目立つ存在……それが黒子テツヤの年の離れた義兄達だった。
かくれんぼをしても最後まで見つからない程の存在感が無い末っ子とは正反対とも言える人種で、長男は異例のスピード出世で今じゃ警視監。
世界各国を動きまわって中々日本に帰ってこれない売れっ子国際弁護士次男。
顔が広く多方面に融通が利く元SATの私立探偵の三男。
外国で名を馳せているスポーツ選手四男。
そんな義兄達は過保護と言ってもいい位、昔から末っ子には甘く、彼が喜ぶならばと普通の人では無理な事さえも強引に叶えてくれるような人達だった。

家は資産家だったが。家庭環境はとても複雑なもので、長男以外はそれぞれ母方の姓であった。
互いに干渉をし合わなかったからだろうか。そんな4人の兄弟仲は悪くもなかったが、よくも無く、ただ互いが興味が無いの一言であった。
そんな中、突如沸いた年の離れた弟が黒子テツヤだった。生まれた時から家庭環境がすでにおかしかったからか、それとも黒子テツヤの持つ特殊な魅力に引き寄せられたか、義兄達は自分達兄弟の末っ子にあたる少年を、難なく受け入れたのだった。
むしろ、その少年を中心に兄弟仲が前よりは大分よくなった。
誰一人、自身の兄弟達の誕生日どころか連絡先すら知らなかったというのに、末っ子の誕生日ならば必ず仕事を休ませて皆で集まると言う程で、溺愛と言っても過言では無かった。

そんな優しい義兄達に囲まれ、少し手を伸ばせば大体は手に入ると言う、恵まれた環境で育った末っ子、黒子テツヤの誕生日プレゼントは毎年豪勢なものだった。
前もって半年前位から"今年は何が欲しい?"と義兄達に言われる度に、特に無いです。と黒子が言えば、大抵の人間ならば喜ぶ、最新の電気機器から一着何万もするブランドの服、プレミア物の靴やら時計。有名選手のサインが付いた何かが贈られる。そして高級レストランでの豪華な食事。
今では黒子テツヤも成人したのもあるが、義兄達自身、それぞれ階級が上がったり、海外へ行ったりと忙しくなった為に、皆が揃ってお祝いをする機会は無くなってしまったが、それでも黒子テツヤの誕生日プレゼントだけは毎年欠かさなかった。

それでも"黒子テツヤは有り難うございます"の一言で終わらせてしまう。大学を卒業し、黒子が実家から離れて一人暮らしをしようとすれば、心配性の長男が脅迫に近い言葉で言いくるめ、自身が用意した厳重なセキュリティのある高級なマンションへと黒子を無理やり住ました。
一人で住むのには広すぎる、3LDKの一室。
靴専用のクローゼットから、中を人が歩ける位の広い衣装部屋まで完備されており、必要最低限の物さえあればいいと言った、物にあまり執着心が無い黒子にとっては、手に余る勿体ない部屋だった。

すでに揃えられていた、白を貴重とした家具たちはどれもが高級品であるのが伺える位に、シンプルながらも細かい装飾が彩られ、センスが光る。
何にも阻害されることない太陽の光が照らす、ダイニングルームには、その広さに見合った大画面のテレビが壁に嵌め込まれ、その前には、一人掛け用ではない、大きなソファがそこに置かれていた。

それはまるで昔TVで見た芸能人が住む部屋そのもの。

"広すぎませんか?"と黒子が言えば、長男はにっこりと笑みを浮かべ、"時期にそうでもなくなるよ"と相変わらず表情の読めない笑みで答えた。

優しく自慢の兄達。毎年豪華なプレゼント。一人で住むには広過ぎる高級マンションの一室。
そんな誰もが羨む生活をしていながらも、何故か黒子テツヤの心の中は満たされる事は無かった。
感情など生まれた時から持ち合わせていなかったのかの様な無表情っぷりに、ぽっかりと空いた心の穴。

趣味もこれと言って無く、在学中には同級生達と遊びに行く事も無く……本を読むのにただひたすら没頭していた。
黒子テツヤは物もそうだが、人にも興味が無かった。
誰かと話をする時間があるならば一人で読書をしていた方が気が楽な人種であった。
流れる血故か、末っ子に出会うまでは人などに興味がなかった義理兄たち同様、黒子テツヤもまた小さい頃から人に対して執着心を持ち合わせていなかった。

そんな黒子テツヤに今年もまた"何か欲しいものはある?"……と、義兄達の代表で長男に聞かれる。
そうすれば、いつも通り"何も無いです"……と、答えた。

――本当はあるけれど、言える訳が無い……。

そんな黒子テツヤにも、実は一つだけ欲しいものがあった。
それは物や人に執着しなかった黒子が唯一恋焦がれて仕方がないものだった。
けれど、それは決して口に出してはいけない事位、黒子は重々に分かっていた。
言ったとしても、決して手には入らない物。……否、人。
出来る事なら、もう一度会いたい。声を生でもう一度聞きたい。出来たら少しでもいいから触れてみたい。
前まではこんな事を思う事など無かった。

……そう、ある出会いがきっかけとなる前は。

未だに黒子の心の中に色濃く残っているのは、一人の少年の笑顔。
この影の薄さと、年の離れた義兄達の溺愛ぶりによって幼少時から誰も近づいてこなかった黒子に、笑みを浮かべて近づいてきてくれたその人物は……自分よりも10も下の少年だった。
母方の遠い親戚の結婚式で出会ったその少年は、どこにいるのか見失う位の影の薄い自分とは正反対な義兄達同様、人目を引く子だった。
聞こえてくる話に耳を澄ませば、どうやら結婚を迎える新婦側の知人の子供で、生まれた時から今に至るまでモデルをしているらしかった。
ころころ動く愛くるしい表情。幼いながらも整った顔立ち。6歳と言う年齢ですでに女性を魅了する分の色気は持っていて、金色のサラサラとした髪の毛は、とても触り心地がよさそうだった。
何より、生まれてからずっとモデルをしていただけあって、幼いながらも作り笑いがすでに出来上がっていたのが印象的だった。
その表情は、当時高校生だった黒子自身よりも大人びて見え、気易く下の名前で呼んではいけない様な雰囲気をすでに持ち併せていた。
モデルと言う職業柄、同い年の子達よりも多く大人達に囲まれていたからだろう。
幼いながらも場所に応じた立ち振舞いも出来ていて、その振る舞い一つ一つがどうやったら人が喜ぶのか計算しつくした上で成り立っている気がしたのだった。

黒子はその少年を見た時、目が離せなかった。
それと同時に彼の愛想笑い一つで頬を染める女性達に、何とも言えない黒い感情が芽生え始めた。
女性達の様にその少年に声を掛ける事が出来ない黒子にとって、少年の笑顔の奥に感情が無くとも、ただの社交辞令でも、あの笑顔を自分に向けてもらえないどころか、あの瞳に映る事すら出来ない自分に苛立ちを感じたのだった。
沸々と湧き起こる黒い感情を必死に隠しながら、その光景を見ているだけで精一杯だった。

――こうやって見ているだけでボクには十分だ。

そう思ったそんな時だった。その少年は自分の周りにいる人々を押しのけて、誰も気づかなかった影の薄い黒子の存在に気づいたばかりか、にっこりと笑みを浮かべて話掛けてきてくれたのだ。
自分を見上げるその金色の瞳が印象的で。顔が急激に熱くなった事が今でも鮮明に思い出される。
だが、残念な事に何を話したかは覚えてはいなかった。
彼が話しかける度に、はい、いいえと、短い返事を返していた事しか記憶が無かったのだ。
途中、邪魔が入らなければ、小さい子を相手に顔を俯かせて、しどろもどろとなっていた高校生の姿は傍から見てもおかしなものだったに違いない。

そして、あの時以降、その少年……黄瀬涼太と出会う事は無かった。
代わりに彼が出る雑誌を逐一調べては買い漁り、それを誰にも知られない様、部屋の奥底にしまった。
少しずつ増えていく黒子の宝物。
彼が出たCMやら雑誌は勿論、一つも漏らさず全て大切に保存。
しまいには付けている香水から、彼が雑誌の中で身に着けていたアクセサリーすら買い漁った。
香水やらアクセサリーなど買っても自分が付ける事は無いと言うのに、買うのをやめる事が出来なかった。
それは彼自身が手に入らないのならば、せめて身近に感じたいと思った故の行動だった。
やがて、自分の部屋の中では収まりきらなくなったその宝物達は、一人暮らしとなった今では3つある部屋のうちの一つの部屋に大事にしまってある。
来客など滅多に無いとは言え、間違っても誰かがその聖域に入りこまない様、厳重に鍵を掛けて。
今も少しずつ増えていく部屋の中の物。
黒子は毎日その部屋に訪れては幸せなひと時を過ごしていた。




それから何度目かの季節を迎え、小学生に上がったばかりだった彼は、気付けば中学生となっていた。
相も変わらず黒子は彼の出るCMや雑誌をチェックしては隅々まで目を配らせる。
昔から年齢の割に大人びた表情をすると思っていたが、少年は更に一層大人びた表情をする様になっていた。
前よりも余裕のある笑みをする様になり、喉仏も少し目立つ様になった。
それに比例して低くなった声もまた、色気を増していた。
更にはモデル業が天職と言える位、年齢の割に大きく伸びた背丈はもう成人済みの黒子をゆうに越えていた。
可愛いというよりも綺麗と言う言葉がぴたりと当てはまる位、子供特有の丸み帯びた顔は無くなり、切れ長の目に長い睫毛にスっと伸びた鼻筋が際立っていた。そしてその慎重に見合った長い手足、顔、指。

想像していた以上の成長を遂げていて、黒子はテレビやら雑誌で黄瀬を見る度に胸が熱くなるのが分かった。……これが初恋だと言う事も。

今まで物にすら執着心を持たなかった黒子自身にとって、こんな事は初めての経験だった。
自覚してしまえば、例え性別や年齢の隔たりがあってもこの気持ちは止める事など出来ない。
自身がもし女性だったとしても決して相容れない存在。光と影みたいなもの。
今は黄瀬の成長を数多くいるファンの一人として、こうやって見ているだけで十分の筈だった。

……そう、そう思っていた。今までは。

ある日、彼の家族が不幸な事になったと風の噂で聞いた。
一人で暮らすには無理がある年齢の為、近々父方の兄にあたる、よからぬ噂がばかりの金に意地汚い一家の所にもらわれていくと言う。
すぐ様、黒子はその家族のことを調べ始めた。
あそこには結婚をまだしていない男の娘が3人いた。3人ともいい年齢だ。
家族ぐるみで経営している会社なだけあって、才能も技量も無いのに役職は幹部と言う、あの男に性格どころか姿かたちもそっくりな女性たちだった。

――このままだと何があるか分からない。自分が力になってあげたい。

そう思いながらも、実際はそれがただの口実なのは黒子自身も分かっていた。

――あの時から、君が欲しかっただなんて気持ち悪いと思うでしょうか……。

――君がボクの所に来てくれた時、あの瞳が僕を捉えた時、僕は病に罹ったかの様に息苦しさが強くなり、ずっとずっと君の事しか考えられなくなりました。

――成長した姿を想像しては、君に犯される自分自身を想像して慰めた事なんてもう数え切れない位……。

だが、黒子は分かっていた。自分には何の力も無い事を。

――あの家に黄瀬君が行く事を、阻止する事は出来ない……。

自身の稼いだお金で食べていける位の収入になったとは言え、まだまだ社会に出たばかりで右も左もまだよく分かっていなかった。
何より、黄瀬とは血の繋がりなど一切無い。
互いの共通する人物の結婚式に招待され、偶然その場に居合わせただけの関係だった。
ただでさえ、普段から印象が薄いと人から言われる黒子に、会話を交わしたとは言え、当時小学生であった黄瀬本人が覚えている可能性はとても低かった。
会社経営をしている黄瀬の叔父にあたる男の家族の所か、見知らぬ人物の所か、どこへ行くかと聞かなくとも一目瞭然だった。
つまりは、指を咥えて見ているしかない現状だった。

……けど。

何を思ったのか、再び連絡を寄こしてきた義兄に、"今年の欲しい物はそろそろ見つかったかい?"と、聞かれ、黒子は思わずぽつりと"黄瀬君が欲しい"……そう言ってしまったのだった。
よもや、そんな事を自分の口から言ってしまうなんて思いもしなかった。
きっと、切羽詰まっていたからだろうと、黒子は思った。
一応、義兄に訂正はしておいた。……だが、訂正しなくとも、誕生日プレゼントは言え、人をプレゼント代わりにするのは非人道的だ。
そんなこと、義兄達でさえしないだろうし、何より、彼が一度あったきりの親戚でもない、赤の他人の所へ来るなどと、現実的に考えればありえない話だと黒子は思った。
けれど、それっきり、長男からの電話は来ることがなかった。




そして、その電話から、1ヶ月後――……。




「やっと会えたスね」

扉を開けたまま呆然とする人物を前に、綺麗な顔が優しく微笑んだ。
長く伸びた指先にあるのは銀色に光る新品の鍵、足元にはパンパンに膨れたドラムバッグが置かれている。

黒子は、扉を中途半端に開けたまま、身動きがとれなかった。
なぜならば、初めてあった時から、ひたすらブラウン管の向こうで見続けて着た顔が、目の前にあったからだった。
その眩しさに、思わず黒子は瞬きを繰り返した。
キラキラと光り輝いて見えるのは彼の髪の色が原因ではないようだった。
10も離れている筈の人物を悠々と見下ろしてニコリと笑う笑顔が眩し過ぎるからだった。
彼がそこに立つだけで、見慣れた景色が違った色を見せ、空気すらがらりと変わる。
雑誌やテレビと言った媒体を通して見ていたとは言え、想像した通り以上の成長を遂げた実物の彼の姿に、思わず呼吸をするのを忘れ、ついつい見惚れてしまう。

――どうして、黄瀬君がここに……?

確か、いつもの様に過ごしていた時、携帯が鳴った。そして、また鳴った。……もう一度鳴った。
それはこう言う時だけ息がぴったりな義兄達のメールだった。
そこには誕生日を祝う言葉と共に、今日そのプレゼントが届くからとの事が記載されていた。
短すぎる文章に目を通し終えれば、鍵が解錠される音が聞こえ、義兄の一人が届けに来たのかと出迎えようとした。
そう、その筈だった。だが、そこにいたのは義兄でも無い、けれど、とても見慣れた顔が居たのだった。

黒子が恋焦がれてやまなかった相手でもある、黄瀬涼太が。

――夢……?

否、さっき足の小指を角にぶつけたばかりだった。

――ドッキリ?

カメラがあるかと、ふいに黄瀬の後ろを見てしまう。
そんな黒子の様子もお構いなしに、"そうそう、コレ受け取って来たっス!"……と、これまた明るい声で差し出された手紙には、見覚えのある字があった。



『Happy Birthday,テツヤ』




息を飲む位、達筆とも言える位の、それはそれは綺麗な文字がその手紙にしたためられていた。

それを見て、事の全てを理解してしまった。
義兄達は確かに、合法的に、黄瀬を自分にプレゼントしてくれたと言う事を。
多忙の身であると言うのに、どうやら義兄達は自分達の身分をフル活用したらしい。

黄瀬の足元にある大きな荷物は、着替えやら何かが入っているのだろう。――自分の所で暮らす為に。
そう思った瞬間、黒子は、心臓の音が激しくなると共に、じんわりと手に汗が滲み出てくるのが分かった。

「そんなワケでよろしくっス!」

手紙を受取ったまま、未だに一言も発しないでいる人物を前に、黄瀬は愛想笑いでは無い、また違った笑みを浮かばせていた。






……のちに黄瀬を引き取った一家が、誰かの内部告発によって言い逃れができないほどの不正が沢山出て来たとの事で倒産にあい、そのまま一家離散したと聞いた。
裏金などの噂は前からあったとはいえ、決定的な証拠は家族ぐるみで隠していたからなのか、どこを突っついても出てこなかったあの家に誰が告発したのかは――謎のまま。


そして黒子テツヤは今日も彼と一緒にいる。――あの部屋と同じ様に醜い欲望に鍵を掛けて。
12.10.01-13.07.05



Happy Birthday,

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