昔からの友人である半田清舟と言う男は、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経にも恵まれた存在でありながら、中身はかなりの変人であった。
学生時代は黒板に答えを墨で書いたとか、彼を巡り親友同士だった筈の女生徒達の殴り合いが勃発したなど、話題にことつきない程で、そんな彼に憧れ、本人と仲良くなりたいと思う人々は男女含めて川藤が知っているだけでも大勢いた。
けれど、何故か当の本人はそんな彼らから嫌われていると勘違いしており、そんな両者の思いが通じることもなく、結局卒業を迎えてしまい、今に至る。ーー勘違いしてあたふたしている姿を見るのが面白おかしく訂正しなかった川藤にも原因はあるのだが。
性別関係なく影でアイドル化するほど人気があった半田清舟の欠点と言えば、プライドが高い所と、思い込みが激しく、落ち込みようの落差が半端ないことだった。
そして、島へ行くきっかけ……原因にもなった杖をついた老人相手に殴りかかるなどと言った衝動的行動に、これには、さすがの川藤も驚いた。
さらに驚いたのは、人と人との繋がりが大事な島暮らしに、都会育ちの半田には耐えきれずにすぐに根をあげて帰ってくるかと思えば、何故か馴染んでうまく暮らしていたりと、長年共に行動していても、毎回半田清舟と言う男は川藤の想像の斜め上を行ったのだった。

そんな予想外の行動ばかり起こす、半田から着信が来たのは、春先の生暖かい日差しが指す、ある日のことだった。

『川藤……』
暗く沈んだ声が携帯の向こう側から聞こえ、川藤と言う男は長年の友である半田清舟の様子がおかしいことにすぐさま気がついた。
「どうしたよ、半田、元気ねぇじゃねぇか」
また書けなくなったとか、PCが壊れただのそう言うことだろう。
世話のかかる友を持っておれも大変だなと、まんざらでもない表情で、煙草を片手に電話の向こう側にいる相手の次の言葉を待った。

『実はだな……』
そして、神妙な声で告げられたのは、思っていたことよりもまったく違うことであった。


「はぁあああ!?あの高校生を襲ったぁ!?」
予想していたことよりも遥かに予想外のことで、思わず川藤は声をあらげた。
襲う、つまりは高校生相手に殴ったとか暴行を働いたわけではなく、寝ていた相手のいちもつを自分の中に押し込んだ方の襲うの方だったのだから無理もない。
眼鏡の少女で言うところの襲い受けと言う奴だ。

『いや、ヒロはもう卒業したから高校生じゃないぞ』
「あぁ、そう言えば神崎も卒業したっていってたな。じゃねーよ!って、何がどうしてそうなったんだよ」
確かに23にもなって色恋がないのはおかしいと思ってはいたが、どうやらホモだったらしいと言う、驚愕の事実に、長年共にしてきた旧友の趣向に川藤は動揺を隠しきれなかった。

「お前、まったく女に興味ねぇと思ったら……そっちの気があったのかよ……しかも未成年だろ」
『断じてオレはそっちの気はないぞ、川藤!……あ、あと少しで、ヒロは島を出ていくんだなと思ったら、いてもたってもいられず……』
「いてもたってもってなんだよ!男相手に襲うとかホモしかないだろ!」
ここが事務所でよかったと川藤は思った。
外で聞くような内容ではない。

『ホモじゃないっていってるだろ!なんか、寝てるヒロ見てこうぐわってぐわってきたんだよ!お前にだってあるだろ!?』
「しらねぇよ!オレに同意を求めんな!衝動的すぎんだろ!……ま、まぁ、いい卒業記念になったんじゃねーの?年上に筆下ろししてもらったとかとか俺だったら羨ましい限りだわ。……相手が女だったらなの話だけどな」
まったく、フォローになっていない言葉を川藤が口元をひくつかせながら、そう言えば、
『ちゃんと話を聞けよぉ!お前にしか相談できる友達がいねーんだからぁ!』
半田はその態度に怒りを露にした。
どうやら、思った以上に思い詰めているらしい。
『あっきーにはさすがにこんなこと相談出来ねぇし……』
「おいぃ!小学生相手になんの話をしようとしてたんだよ!俺のあっきー君を汚すな!このホモ野郎!」
突如出てきた"あっきー"と言う島の少年の名前に、今度は川藤が怒りを見せ、いきなり半田に罵倒を浴びさせた。
と言うのも、大人顔負けの聡明な小学生であるあっきーと株を通じて仲良くなっており、自分の養子にしてしまいたいほど深く溺愛していたからだった。
『ショタ野郎に言われたくないわ!お前、熟女がタイプじゃなかったのかよ!』
「あっきー君は特別なんだよ!年齢とか性別の垣根なんかじゃ俺とあっきー君の仲を隔てられるわけがねぇんだよ!」
『あっきーいくつだと思ってんだ!法で罰せられるぞ!眼鏡のおじさん泣くぞ!!』
「……ゴホン。……で、した後の相手の反応は、どうだったわけよ?」
こいつ話変えやがったな……と半田が電話の向こうで言っていた気がしたが、川藤はあえて無視をした。
まずは自分のことよりも、半田の方が優先だ。
決して現実を見たくはないからではないからなと、心の中で言い訳と言う名の弁明をする。
『……知らねぇ。途中でヒロ起きちまったから速攻で追い出して、それから会ってない……』
「おい、なんだそれは……」
ヤリ逃げかよ!衝動的にもほどがあるだろうと川藤は金髪が印象的なまだ幼さが残る青年に同情した。

『つか、なんとかヒロのを自分の中に入れたのはいいが……尻の異物感の酷さに、幼少の頃の座薬やられたトラウマを思い出してヒロの上で吐いちまった……』
「はぁぁぁ!?お前人襲った挙げ句に吐いたのかよ!トラウマどころ人様にトラウマ植え付けてどうすんだよ!それ確実に相手のトラウマコースだろ!!」
寝込みを襲われたあげくに降り注ぐ嘔吐物。
その惨状を想像するだけで、血の気が一気に引いたのが分かった。

……金髪の高校生君に今度あった時は優しくしてやろう。あ、近々島でるのか。むしろ一歩間違えたら、もう島に帰ってこれないレベルだなと、川藤は憐れんだ。

『しかも、後で尻拭いたらすげえ血がついててたし、腰もいてぇし、俺腰痛の挙げ句に痔になったらどうすればいいんだ……』
「知らねぇよ!軟膏でもぬっとけッッ!!」
受話器の向こうから泣きの入った声が聞こえてくるが、同情の余地などなかった。
お前より泣きたい奴は他にいるだろうと、旧友のそんな話なぞ二度と聞きたくもないとばかりに、川藤は話の途中でも構わず携帯電話を勢いよく放り投げつけた。
「……ったく、あいつときたら本気でなにしてんだよ……」
そうして相変わらず、半田清舟と言う男は、大人になっても川藤の想像の斜め上を突き進むのであった。


半田清舟は人の想像より斜め上をいく

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