うーん。
にしても、困った。
そろそろあの本を返さなきゃいけないって言うのに、徹ちゃん家にいつ行ってもあいつがいるし。くそ、金魚のフンめ!徹ちゃんが誰にでも優しいからって調子に乗りやがって!!
にしても、困ったなぁ…。あの人に何て言い訳しよう。落としましたなんて言えるわけないしなぁ。
「やぁ、正雄君」
う、う、噂をすれば…っ!ど、どうしよう目完全にバッチリあってる時点で今更気づかなかった振りなんて出来ないし…!
くっそ!これも全部、夏野のせいだ!何であいつのせいで、俺が狼狽しなきゃいけねーんだよっ!
…と、とりあえず、挨拶してそのままズラかろう…。
「あ、…こ、こんにちは、柚木さん」
「この前、君に貸してあげた本どうだった?君にぴったりだと思ったんだけれど」
「い、いやぁ〜…はは…おかげさまで…」
暑い日でも服を一切着くずす事無く、真ん中できっちりと前髪を分けて、清潔感溢れるこの人は、図書館司書の柚木さん。俺にあの本を譲ってくれた親切な人で突如都会から引っ越してきたという夏野と言うクソ生意気なにっくきお邪魔虫によって、徹ちゃんとの愛の一時を散々邪魔されまくっていたこの俺の苦悩にいち早く気づいて、俺に救いの手を差し伸べてくれた人だ。
いきなり"友情をもっと深める本"を渡された時には、何で俺の悩みをしっているのだろうと思ったけど、君と同じ側の人間だから分かるんだよと言っていた。
話を聞く限り、この人もとある誰かと揺ぎ無い深い友情を築きたいらしいんだけど、周りの目とか世間体とか色々障害があって難しいらしい。
大人も大変なんだなー。
…って、このまま立ち話をしてて本の確信に触れられたらやばいよな…。
「お、俺、急ぎの用事があるんで、失礼します…」
このまま回れ右に越したことはないよ!思ったら吉日だよ!
「あ、そうそう、正雄君」
「ひっ!は、い…?」
よ、呼びとめられてしまった…。
やばいよっ!今、本返してなんて言われたら…!
今日は忘れたことに出来るけど、何度も何度も通用するわけないしっ!危機的状況じゃないか!俺!
「…君の甥っ子の博巳君、最近来ないみたいだけど、彼の好きな本が入荷したからおいでって伝えといてくれるかな?」
「へ…?ひ、博巳?」
いや、本の事は詮索されなかったのはよしとして、何でここで博巳なんだよ!夏野までとはいかないが、あいつの事もいけすかねぇ!って言うのに!俺に一心に注がれていた父さんの愛情を奪ったにっくき野郎だって言うのにさ!
あぁ、そう言えば博巳が生まれた所為で、皆の愛情がそっちへいっちゃって傷心の俺を慰めてくれたのは徹ちゃんだったなぁ…。あと保と葵ちゃんも。
今思えば、俺、あの三人の兄弟として生まれたかったなー。徹ちゃんとずっと一緒に屋根の下だし!小さい頃は、お風呂から、就寝までずっと一緒だし!学校帰ってきたら徹ちゃんがいるなんて、何てそれパラダイスなんだいッ!小父さん俺を養子にしてくれないかなぁ〜…無理だろうけど。
…って、博巳への伝言だったな。
まぁ、伝えようとしたけど、ついうっかり言い忘れちゃった!でいいか。うん、それで行こう。
「はー…い」
「またおいで、正雄君、今度は少し上級者向けのを揃えて置くから」
「あ、はいっ!」
上級者?あれ以上の事がまだあるって言うのかっ!あぁっ!気になるよぉっ!でもその前に、あの本を取り戻さなければ…!じゃないと、あの本を貸してくれた時に柚木さんに言われた事が…っ!
「そうそう、前にも言ったけど、あの本の事は、内緒だよ?…誰にも見せてはいけないし、私から借りたと言う事も絶対に言ってもいけないからね…」
ぎゃひぃっ!柚木さん…っ!顔が、笑顔だと言うのに、何だか怖いんですけど…っ!とてつもなく…っ!
「は、はいぃぃっ!じゃ、じゃ!俺はこれでっつ!!」
俺は、後ずさりをしつつ、家の角に当たったところで柚木さんの姿が見えなくなったのを確認した後、猛ダッシュで家へとかけた。
ど、どどどどうしよぉおおおおっ!あの本落としたことバレたらヤバイよぉぉぉぉぉぉぉおおっ!!俺の貞操を奪われかねないくらいの狂気顔だったよぉぉぉおおおっ!
俺のお尻は徹ちゃんの物だぁぁあああああいっ!
俺は後ろを死守するためにも、あの本を一刻も早く取り戻さなければと固い決意をした。
Thanks clap! 10.08.11 hikage.
貞操の危機だよ!
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