明るく照らす松明の光によって映し出されるのは、この祭りを飾り付けるかの如く、真紅色の様々な模様が描かれた大地。
そこに今回の主役でもある鬼の仮面をした彼らは祭りを賑わせる為、手に持った鍬や鎌を豪快に振り回す。
そうすれば祭囃子の代わりに誰かの悲痛な叫び声とキラキラ光る赤い雫があちらこちらと飛び交って、鬼達は彼らにひれ伏した。

鬼の仮面を被りて松明を燃やせ。

――さぁ、鬼狩りの始まり。始まり。
女・子供とて容赦はせぬ。
何故ならば弱き者の衣を纏った…鬼、なのだから。

…だから彼らはカラクリ人形を携えた幼き少女さえこの手に掛けた。

鬼の仮面を被った者。
自らを鬼と名乗る者。

――果たして本当の鬼さんはどちらの方へ。




*




「沙子。…千鶴が殺された」

「…千鶴が…?そんな…」

千鶴と言うのは沙子の側近の一人の女性の名前。
彼女は妙齢を過ぎた辺りに屍鬼となった為、麗しい美貌、男を誑かすのに最適な若くて豊満な体を持ち合わせていました。
その体と釣り合う煌びやかな衣装や露出の高いものを好み、性格も子供の様な天真爛漫さが更に彼女の魅力を引き立たせていました。

「あの尾崎と言う医者に嵌められて村人達の前で公開処刑されたらしい」

人狼の口から語られた女性の最後はとても聞くに堪えないものでした。
村人達に囲まれ怯え逃げ惑う彼女の長い髪を思いっきり掴んでは押し倒して…、そしてトドメとばかりに胸に杭を一刺し。それは不老不死とされた屍鬼を殺せる唯一の方法でした。

「言い聞かせが利いてなかったとは…。もしかすると千鶴の前に誰かが言い聞かせをしていたのかもしれない。一体誰が…」

「…嘘…嘘よ……ッそんな…そんな…ッ」

「沙子…」

珍しく取り乱した少女に、人狼の男も憂いを帯びた眼差しで見つめます。

「千鶴…っ」

少女と千鶴と言う屍鬼は母親と娘の様な間柄でした。
無邪気で無鉄砲で何だか憎めない娘、千鶴を見守るのが少女の役目でした。
所詮は人間に憧れている者の家族ごっこと言われてしまえば、それで終わりかもしれません。
ですが、今日に至るまでの長い月日を共に歩んできた絆はその家族と言ったものに等しいとも思えました。
だからこそ、彼女が亡くなったと言う事は少女にとって掛け替えのない家族が死んだも同然なのでした。
代用品など無い、大事な大事な家族。よやく少女が手に入れる事が出来た一つの家族の在り方…。

「千鶴…っ」

――あと…もう少しだったのに…もう少しでこの村を私たちの物に出来たのに…。

少女は零れ落ちる涙と共にやるせない気持ちを吐露しました。

「あいつらは今、各民家を訪ねて家に閉じこもっている様にと注意喚起をしているそうだ。このままだと日の入りと共に攻めてくるだろう」

「……そう」

「それと静も無残な姿で発見された。子供の姿をしていても容赦しないだなんて鬼と分からないな」

静と言うのは、女性のカラクリ人形を抱えたまだ幼い子供の名前。
少女は自分の葬儀に立ち会った人間に見つかった挙げ句、口元に血を付けていた事もあってすぐに捕獲されました。
そして泣き叫びながら抵抗する幼き少女の動きを大人複数で止めて、あとは――ご想像通りの結末。

「――皆に伝えて」

泣き伏せていた先程とは違う、屍鬼の女王としての顔で、はっきりと自分の意志を告げました。
日が昇る前に一人でも多くの人間を襲い、言い聞かせをさせ、こちら側へとさせる事…そして、一気に畳み掛ける事を。

「千鶴…千鶴…っ」

人狼の男が去り、再び涙を零すその姿は、多くの命を奪って来た人物とは思えないほど、か弱き少女がそこにありました。

"罰が当たったんだ"

屋敷へと戻って来た青年は二人の会話を立ち聞きしていました。
そして苦虫を噛み潰したかの様な表情で震える少女の背中を見つめ、心の中で悪態をつきました。

――これは今までしてきた事への罰だ。法によって裁かれなくても、罪を犯した者をそう易々と見逃す訳がないんだ。どんな形にせよ、必ず報いはやってくる。――俺の所にも時期に…。

確実に自分の死が刻々と近づいているのが分かりました。

――そうだ。俺たちは滅びる運命なんだ。誰かを犠牲にしてまで生きてちゃいけない。

瞼をきつく閉じれば先程見たばかりの父親の背中が焼き付いていました。……幽閉されたままの少年の姿も。赤子も。

「…君はどうするつもりなんだい?」

突如、背後から聞こえてきた声。
その声に思わず身を翻せば、その先に袈裟を身に纏った見覚えのある一人の男の姿が視界に入りました。

「若…御院…」

曇り無き眼で青年を見据える男の名は室井静信。
人々から慕われていた筈の村の住職でありました。
…そして人間の身でありながら何故か少女の為に村を捨て、自分の肩書きも捨て……そして友すらも捨てて身一つで屍鬼達側に下った人物でもありました。

"君はどうするつもりなんだい?"

この言葉に揺れ動く琥珀色の瞳を見据えて男は青年の返答を待たないまま、もう一度口を開きました。

「僕は何が何でも彼女を守るよ――もう、後悔したくないからね」

中性的とも思えるその容貌と、線の細い体からは思いもよらないはっきりとした口調で自分の意思を告げれば、未だに涙を零している少女の傍らに寄り添いました。
男は青年を自分と被らせていました。
昔、すべてに絶望して自身の手首に刃を当てた事、後悔する位ならばもっと動いておけばよかった事。
若さの勢いに任せて必死に足掻いて縋り付く事すら怖くて出来なかった臆病な者な男は、せめて自分と同じ目に合わせない為に自身の態度で青年に伝えたのでした。

そして人狼の男が奮闘したとしてもこのまま潰えていくだろうと心のどこかで思っていました。
反旗を翻した医者の男を誰よりも知っている分、少し前に屍鬼の女性に言い聞かせをさせられたと聞いても信じられなかっただけあってこの直感は当たっているだろうと男は心の中で思いました。ならば、自分が出来る事はただ一つ、少女の傍に居続ける事でした。

…この身が潰えるまで。

慈愛に満ちたその瞳で少女を見守る男の姿に青年も何か思うものがあったのかもしれません。

――そうだ。俺も後悔したくない…。この命が潰える前に、俺にしか出来ない事があるのだから――…。

そうして、青年は動き出しました。
自分の成すべき事の為に。
止まったままだった自分自身の物語を今一度動かす為に。
10.09.02-11.09.27.
六話

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