あなたの罪は何ですか。
あなたの罪は償う事が出来ますか。
償う事が出来ない罪はどうやったら赦しを請えますか。

結局は自己満足の世界。

相手の事を思うから赦しを請うのではない。
ただ自分の気持ちをすっきりさせたいが為に赦しを請う人間に誰が許そうと言えるでしょうか。
ならば相手の事を真に思い、罪を償おうとしている者だとしたらどうでしょうか。
許してもらえるのでしょうか。
不可抗力とは言え、罪を犯してしまった自分自身を戒めるその者の頭上に許しの声は舞い落ちるのでしょうか。

――いいえ、例えその罪を許されたとしても罪を犯したと言う事実が消える訳も無く、許されてしまえばそこで終わりでは無い。
心優しき彼は許されてしまったからこそ……自分自身が許せなくなると言う苦しみに苛まれ始める。

ならば、忘れてしまおう。
全ての罪を。
自分の犯した大罪を。

――いつか我が身に天罰が下るその日まで。

……でも結局、忘れる事すら出来ない青年はただただ涙を流して自分自身を憎み続ける事しか出来ませんでした。
自分を憎んで憎んで、いつしか自らの手で自身の命を奪える程になるまで。
死でしかその罪を洗い流す事が出来ないのであれば、死でしか彼の苦しみを救う事が出来ませんか?

その答えは"彼"にしか分からない。



*




静まり返った長い廊下の奥からは、ほぎゃあほぎゃと赤ん坊の泣き声がこだまする。
草や木自然を基調とした無数の絵画達が壁に飾られたとある一室から聞こえてくるそれは、青年の犯した罪によって生まれ落ちた子供の泣き声。
その声はまるでお前の罪は忘れ去る事など出来ないと言っているかの様で、彼を何度も何度も苦しませました。

――そして、寂しい寂しいと彼の心の声を代弁している様にも聞こえたのでした。


「……不思議でしょ?あなたが来ると泣き止むの」

白いワンピースをふわりふわりと揺らさせた少女が、カチャリと音を立てて小綺麗な花柄模様が描かれた真珠色の陶器一式を携えながら現れました。
紅茶が入ったポットとお揃いの絵柄のついたカップ2式。それをテーブルへと置けば椅子へと腰を下ろし、慣れた手つきで目の前にいる人物と自分の分の紅茶をカップに注ぎ込みました。
トポポポ…と音を立てれば、ほのかに香る筈の紅茶のいい香り。
この身となった今ではその匂いすら楽しむ事も出来ない所か、何故か屍鬼に水分は必要はない筈だと言うのに誰かを出迎える際には少女は決まってお気に入りのティーセットを持ってくるのが慣わしとなっていました。
それを口に含んだとしても飢えを満たす事は無い、所詮は人間ごっこ。
それでも少女は"どうぞ"と目の前に立ち尽くしている人物の分を差し出した後、その紅茶に口をつけました。
それは屍鬼となった今でも心の何処かでは人間であった頃の自分自身を捨て切れていない様に見えました。
人であった頃よりも何倍も、何十倍も屍鬼として生きていると言うのに。

「昼間もずっと泣いているらしいのよ。でもあなたがこの部屋に近づこうとする度、ピタリと止まるの」

「……」

聞こえている筈だと言うのに青年は背を向けたまま何も反応しません。
けれど少女にとってはそれで満足でした。

「ふふ、いつ来てくれるのかなって思っていたのよ?ようやく来てくれたのね」

子供のいる部屋にはいつ訪れてもいい様に青年には許可が下りていました。
ですが、青年は部屋の近くまでは来るものの、そのまま踵を翻して去っていくばかりで、この部屋の中に入って子供と対面する事は今日が初めてでした。
そして、きちんと対面したのもこれが初。
子供自身、青年の顔を初めて見ると言うのに幼いながらも何かを感じ取っているのか、先ほどまで泣き喚いていたのが今では目を輝かせながら満面の笑みを浮かべて嬉しそうな声を上げています。

「ほら、あなたを見て喜んでる。やっぱり分かっているのかしら」

「……」

「抱いてあげないの?この子はあなたを求めているみたいだけど」

赤み帯びた小さな小さな手のひらがひらりひらり。
それが蝶々の様に宙を舞い、目の前の相手に何度も何度も求めれば、穢れ無き大きな瞳に映るのは悲痛な表情を浮かべた一人の男の姿。

「……」

自分が求められているのを知りながらも青年はその赤子に手を差し伸べる事もしないまま、滲む視界を閉ざしてようやく一つの言葉を思い思いに吐き出しました。

「……俺には…そんな資格がない…」

「…資格」

触れる事さえままならない手。大事なものを守りきれなかった手。
それどころか大事だった筈の者をその手に掛けた青年の手には、業と言う見えない汚れがびっしりとこびり付いていました。
何度も何度もその手を拭っても取る事が出来ないほど、体に染み渡ってしまった目に見えない汚れ。
今すぐにでもその腕ごと取ってしまわなければすべてが腐食してしまい、いつの日にか自身の体が朽ちてしまうのではないかと思うほどの。

「この手は汚いんだ…だから、触れる事なんて出来ない…」

「そう…」

あえて否定もせず、少女は目を伏せてただ相槌を打てば再び静まり返る部屋。
少女がそのまま言葉を繋げなかったのはその青年の言葉が自分にも当てはまる事だったからかもしれません。
真っ白く、汚れさえ知らなさそうな小さなその手も青年同様、見えない汚れで穢れていました。
どの屍鬼達よりも沢山、沢山、人の血を…命を奪ってきた少女の体に流れるのはすでに自分の血ではなく、少女によって命を落とされた人々の嘆きや苦悩が多量に含まれた呪われた血…それが少女の体の中を巡り歩いて蠢いていたのでした。

「……そう言えばその子…普通の子だったの。屍鬼の子じゃなかった」

「え…」

少しの沈黙の後、話を逸らす様に少女が口に出したのは子供の事でした。

「室井さんにね、木の枝を二つ括り付けて十字架にしてもらったの。……私達では出来ないから。でも何も変化しなかったわ、体はとても丈夫な事位で」

――あとはそうね、あなたに似て少し泣き虫さんな所位かしら?……その言葉が言い終わる前に赤子は痺れを切らして再び泣き始めました。
どんなに求めても目の前の人物に触れて貰う事が出来なかったからか、先ほどよりも悲しみを帯びた声音で、やっと来てくれたのにどうして触れてくれないの?そんな悲痛な叫びにも聞こえました。

「だ、だったら、この子はどうなるんだ」

「…そうね、今すぐって言うわけじゃないけど、折角だからもう少し大きくなったら私達側になってもらおうかしら?あなたと同じ位か、結城夏野君位の年齢でもいいかも」

「なっ!」

顔色一つ変えずに淡々と述べた少女のその言葉に思わず言葉が詰まりました。
"私達側"その子供が屍鬼の血を引いておらずとも結局はそちら側にされてしまうと言う悲しい事実。
それにはさすがに青年も声を荒げました。

「何で、何でこんな事するんだよ…っっ!!!この子はあんた達の求めていたのとは違うんだったら、せめて…!!」

「…せめて?あなたと彼と三人で仲良く家族ごっこでもする?あなたは夜でしか動けない。彼は拘束されてて自由に動けない。それとも人間である誰かに預けて育ててもらうのかしら?」

「……そ、それは…っ!」

"お前達が夏野を拘束しているからだろ!"…そう言おうとすれば、少女はくすりと微笑んで首を傾げました。

「そんなに目くじらを立てないで?今すぐにどうこうしようとはしないわ。それにこの子は私がずっと待ち望んでいた子供だもの。丁重に持て成す事はしても乱暴な扱いはしないつもりよ?」

「どこが丁重な扱いだよ!俺達と同じにさせようとしている癖に…!!それにそのまま起き上がる事もしないまま死ぬ事だって…!!」

「いいえ、あなたの血を受け継いでいる以上、屍鬼になる確立はとても高い。だから死ぬことは無いわ」

確信しきった表情で青年を見据えれば、絡ませた指先を口元へと寄せ、恍惚とした表情を浮かべました。

「それに、この子はきっと私達…屍鬼の希望の星になる。――そう思えるの」

ずっとずっと思い描いていたもう一つの種族の増やし方、人の血を吸って無理矢理仲間にする事もないもう一つの方法。
生まれ落ちた時から生殖機能を持った屍鬼の誕生。
人狼の様に基礎能力や太陽にも強く、人間と同じく成長する屍鬼。
それは人と変わらない屍鬼の誕生。けれど、人間とは違い、屍鬼を家族とし、決して迫害しない者。
少女は昔読んだ書物からヒントを得てようやくここまで辿り着いたのでした。
血を吸って仲間にしても裏切られるのならば、最初から私達側にさせればいいと。
そして何より少女自身、生命の誕生に興味があったからでした。
自分では決して出来ない事。人間でしか出来ない事。生命が誕生すると言う神秘。

「それにねこの子、体はとっても丈夫なの。だから潜在的なものはあると思うわ…もしかしたらこの子の子供が……かもしれない」

「何を言って…!!」

「隔世遺伝って言うのもあるし。それに私達の時間は永遠と残されているのだから、まだ焦る事は無いわ。まずは家族ごっこを楽しんでみたら?」

「ふ…ふざけるな!何が希望の星だ!結局は不幸になる道しか残されていないじゃないか!」

「……なら、今すぐにこの子を殺してみる?」

「!」

"殺してみる?"その言葉にぐっと言葉が詰まれば少女はそのまま表情を変えずに言葉を繋げました。

「屍鬼にさせるのがこの子にとって不幸なら今すぐにでも息の根を止めたらいいじゃない」

「そ…れは……」

"息の根を止める"出された一つの選択肢はとてもつらいものでした。
ですが、どう考えてもそれしかこの子供を救ってあげる事が思いつかず、さっきまでの威勢も消えて表情を見る見る曇らせていきました。
この村は時期に屍鬼の村へとなる。隣の村へ行くにも時間は掛かる、子供をせめて安全な場所へとやりたくとも彼らがそれを許すはずが無い。

――どう足掻いてもこの子供に未来は無い。

けれど、自分の手で苦しませずに終わらせる事も出来ない。
もう何人もの人の血をすすっては自分が生きる為とは言え、無関係な人々の命を奪ってきた彼でさえ赤子をその手に掛けるのには幾らか抵抗がありました。

「出来ないわよね」

勿論、少女は青年がそれを出来ない事などすでにお見通しでした。

「……」

「だって、あなたは結城夏野君に絡まった鎖さえ解くことが出来ない臆病者さんだもの」

「あれはお前達が夏野を雁字搦めにしたんだろ!」

「私達が彼を拘束している様に言うけど、本当は違うのよ?結城夏野君にとっての本当の鎖は、あなた。……あなたが彼を雁字搦めにしているの」

「!…な、何を言って…」

「あの腕に絡み付いている鎖何て彼からにしてみればただのお飾り。むしろあなたが彼を縛り付けておきたいんじゃない?自分の所有物として」

「…違う!そんな事はない!それに鎖には鍵が…ッ」

彼の部屋に通じる扉の鍵は預けられていましたが、少年の腕に絡み付く鎖の鍵は預けられていませんでした。その為、両の腕を自由にさせて上げる事すら出来ずにいました。

「あの鎖?それなら、どうやら彼には壊せるみたい」

「え…」

その言葉は思いもよらぬ言葉でした。

「すこし前にね、結構大きいヒビが入ってたのに気づいたの。自然に出来たものにも思えないし」

「それって…つまり…」

屋敷内のほとんどは屍鬼の特性上、太陽光を遮断する仕組みになっていました。
…が、少年の部屋の窓だけは人狼である少年に気を使ってか日が入るようにされていた為、一見すれば監禁状態に置かれている筈が、鎖さえなければ窓から逃げる事が可能でした。
それ所か部屋がある場所は屋敷で言う所の裏に位置し、目の前には木々が生え茂っている場所に当たる為、そのまま姿を眩ます事も出来たのでした。

「つまりはいつでも逃げれたのにそれをしなかった事になるわね」

――そう、つまりは鎖さえなければ少年だけでも逃げる事は可能だったのです。
人狼である以上、夜にしか移動出来ない屍鬼達とは違い、太陽光の下でも行動出来る人狼は隣町どころか県外に逃亡する事さえも無理ではありませんでした。

――なのに、それをしなかった。…それは何故か。

「そ…んな…」

思った以上の反応に満足したのか少女は更に意地悪そうな笑みを浮かべ、再び青年にとっての衝撃の事実を口に出しました。

「……ねぇ、知ってた?彼はずっとあなたの子供を欲しいと願っていたみたい。…この子供はね。黙っているつもりだったんだけど。――彼があなたの子供を産みたいと思ったから出来た子なの」

「夏野が…俺の子を…?…嘘だ…そんなわけ…」

度重なる驚愕の真実に青年は頭が追いついていませんでした。
それどころか地に足がついていない状態に、思わず地面に手がつきました。

「嘘じゃないわ」

さっきまでの言葉とは違う、はっきりとした口調。
光も何も無い黒く染まったその瞳は青年を見据え、今言ったことは嘘ではないとの事をその凛とした空気が証明していました。

「…そんな…まさか…」

ですが、少女の言った言葉が例え真実だとしても、少年が自分と同様に恋愛感情を抱いていたこと、更には子供まで欲しがっていたことなど青年にはどうしても信じられなかったのでした。

――あの夏野が…?俺の事を…?

確かに少なからず自分の事を好いていてくれているのだろうとは思っていました。
でなければ、こんな姿になっても一緒に逃げようと言ってくれる事は無いばかりか、言い気かせをしなくても態々血を与えてくれる事など無かったでしょう。…そして、拘束されていたとは言え、抵抗の気配を見せないまま何度も何度も青年のを受け入れる事も…。

――だから、あいつは俺に犯されていた時も…抵抗しないで素直に受け入れてたって言うのか?

――俺の事を好きだったから…?

"他の誰かにされるくらいなら……あんたにだったら…俺は平気だから…"

あの時言われた言葉の真意、それは…。

――俺だったから…なのか?

そう思った瞬間、青年は失った筈の体温を胸の奥底に感じた気がしました。
体を何度も貫く度、自分の姿を求めてさ迷う、鉄の塊がついた両の手。自分の名を呼び続ける親友の姿が浮かんでは消えて…青年はようやく気づいたのでした。――自分自身が彼の鎖であったと。
辰己と言う恐怖対象に足元が竦んでしまった友に、一緒に逃げようと言う事を止め、傍らに居続けることに決めた少年の強い意志が垣間見えました。

「嘘だ…嘘だ…夏野が…俺をだなんて…」

心ではもう分かっている筈なのに、口から出る言葉は逆の事ばかり。
もっと早くに知りたかった。否、知りたくは無かった。――もう、遅い。
何故ならば、償い切れない事を友にしでかしてしまった。

「…他の人じゃ駄目だったの、あなたと彼でなければ出来なかった子供。愛し合う屍鬼と人狼でなければ出来ない子供」

「じゃあ、俺がしなければ、他の奴にさせるって言うのは……!」

「嘘。でもそうでも言わないと…しなかったでしょ?」

「な、何で、何でッ今更そんな事を……ッ!!」

「分からない。分からないけれど、今しかないと思ったの」

青年に向けられた少女の笑みは少しだけ悲しみや不安といったものが含まれていました。

「……不思議でしょ?もう少しでこの村は私たちの物になると言うのに。…底知れない不安が私の中で蠢いているの」

不安がひしめく表情を浮かばせて、少女は自身の肩を抱き寄せました。
微かに震える体。不安で不安で今にでも押し潰されてしまいそうな程、少女は何かを感じ取っていた様でした。

「……前に一人の女の子のお話をしたでしょ?」

その話とは屍鬼となってしまった一人の女の子が家族にも捨てられ長い年月を一人、隠れ潜んで生きてきたという話でした。
その女の子と言うのが誰であったかは結局明確にはしませんでしたが、青年はそれは少女自身の生い立ちであった事に気づいていました。

「本当なら…あの女の子は家族に見捨てられた時点で死ぬべきだったのかもしれない。あれ以上の犠牲者をださない為に」

――物語で言ったらあの女の子が悪役に回るのかしら?意図的ではないにせよ色んな人をその手に掛けてしまったのだから、少女は自虐的に笑みを浮かべました。

「でも、誰かに見せる為に存在しているわけじゃない、この世界でたった一つしかない自分だけの物語なんだもの。人に見せられない物語なら死ぬしか選択肢が許されないなんてあんまりじゃない」

「……自分だけの物語?」

「そう、物語。いい人も悪い人も…誰にでもある、他にはない自分だけの物語。だからこそ足掻いて足掻いて…足掻ききるの」

「そんなの言い訳に過ぎない…!それに、こんな事続けていたらいつか…っ」

――天罰が下るに決まっている。あんたも、――俺も。

青年は思わず辛辣な表情を浮かべました。
自分の物語だから何をしても言いと言っている少女に対する戒めも元より、そんな少女と対して変らない今の自分の不甲斐なさに対する苛立ちの方が強く表情に出ていました。
それには少女も何かを感じ取ったのか、大きな瞳を伏せて物怖じ気に言葉を付け足しました。

「――そうね、いつか私にも神様からの天罰が下されるかもしれない」

「だったら…!」

「ならあなたはどうするの?天罰が下されるまでこのまま静かに終わっていくのかしら」

「…それは…」

「足掻くこともせず、ただ泣いて、泣いてそれで終わり?」

「…」

誰に言われなくても青年も分かってはいました。家族を盾に脅されたからと言って動かないでいたのは言い訳にしか過ぎない事を。
少女も少し言い過ぎたと思ったのか、しゅんと潮らしくなれば一言、謝罪の言葉を告げました。

「……ごめんなさい。少し意地悪を言い過ぎたわ。ただ、こんな姿になった所為で捨てられて…ひたすら家族を追いかけ続けた私からしたら、そんな姿になっても追いかけてくれる人がいた……あなたの物語は最後、どうなるのか気になっただけなの」

言い聞かせをされずとも人ではなくなった親友の姿に逃げ出すどころか最後まで青年を自分の意思で迎え入れ、自身の血を与え続けた少年。
人狼になった者達に共通するそれは少女にとってはとても理解しがたいものでした。
だからこそ、人狼となった者達は皆、自分のすぐ傍に置いていました。
それは人狼を生むきっかけになった屍鬼の者も同様でした。

「私達は同じ姿になったのに正反対だった」

微かに揺れる臙脂色の液体には少女の寂しげな表情が映りこみ、何十年経っても変らぬ自分の姿に憂いを帯びた瞳で何も知らなかった頃の昔の自分の姿と被らせました。

「私も――……」

――お父様やお母様に捨てられていなければ、どうなっていただろう…。

けれど、所詮は仮定の話。少女は首を小さく揺らしてその考えを振り解きました。

「……お話は終わり。あなたの物語はどんな最後を迎えるのかしら…?…いえ私達屍鬼に終わりはない方がいいのかもしれないけれど」

手に持っていたカップに口を付ければ。中の液体はすでに冷え切っていました。

「そうそう、食事はいつもの場所にあるから」

……落ち着いてきたらまた頼むかもしれないし。意味深に少女はそう言うといつの間にか泣き疲れて眠ってしまった赤子に優しく微笑みかけてその場を後にしました。

「俺は…俺は……」

その場に残された青年は、少女の言った言葉の数々に膝を突き、頭を抱えてそのままそこで塞ぎこみました。

「夏野……ッ」

何をすればいいのか、どうすればいいのか、青年は迷っていました。
青年の物語は一向に進むことも無いまま時だけが過ぎていきます。

「……」

そこに一人、意味深な様子で青年を見つめる男の姿がありました。
行き場の無い今の境遇に苦しんでいる青年にその男は何を思ったのか。
死者達がひしめき合う場所に佇むその男の姿は、とても異質に見えました。
洋の物で彩られた場所に一人、着物を羽織っているからでは無く、死者を弔う役職に就いている筈の男が何もしないまま、この場所に存在していると言う事がとてもとても異質に見えたのでした。
10.09.02-11.09.20.
屍話

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