"…うぅ…はぁ…はぁ…"

徹は、一人、孤独に夢を見る。現実と打って変わらない夢。
真っ赤な手のひら。洗っても洗っても落ちる事は無く、やがてはその血が全身を巡り、徹自身さえも蝕んでいく。
そこは悪意に満ちた世界。救いの無い世界。
それが夢だと言う事に気づかない徹は、見渡す限り真っ赤に染まったそれ意外な何も無い深淵たる場所でたった一人、苦しみ続ける。

少しずつ綻んで行く自身の体。乾いた粘土の様にポロポロと腕の皮膚や肉が破片となって零れ落ちて行く。
夢の中なのだから痛みも何も感じない筈だと言うのに、少しずつ形を無くして行くその手に徹は悲痛な表情を浮かべた。

――つらい。苦しい。苦しい。苦しい。…誰か。誰か…。

どんなに助けを求めても、そこには人一人いない。
あまりにもの苦しさに横たわっていれば、やがて遠くの方で人影が見えた。

藁をも縋る思いで走り出すが、走っても走ってもその距離が縮まる事は無く、苦しさに耐えながら掠れる声を必死に出して、"夏野"と無意識に呼べば、人影はやがてその名の姿へと変貌し始めた。
懐かしい姿。愛しい人物の後姿。
それが、自分の方へと振り向く瞬間に目は覚め、それが夢だった事にようやく気づくのだった。

永遠と暗闇の中、愛しい相手の後姿を追い続ける夢と、この現実ならばどちらが幸せなのだろうか。

それは言わずとも分かってはいたが、何故か選ぶ事は出来なかった。
10.12.10-11.08.23.
所詮、夢は夢

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