――徹ちゃんにはこの姿を見せたくは無かった。

太陽はすでに消え、月が照らす木の上で…徹の後姿を見つめながら結城夏野は一人憂いを帯びた表情で見つめた。

自分の所為で友は死んだ。…その罪に苛まれている武藤徹の背中はどことなく哀愁を漂わせているのが分かった。
結城夏野が死んだ日からだろう。
武藤徹は毎夜欠かさずどこからか拾ってきたと思われる小さな花を手に持ち、彼の部屋の前に添えていた。
花と共に添えられるのは謝罪の言葉。

そして、大粒の涙。

――俺が生きている事を知れば、徹ちゃんの心は少しでも軽くなるのだろうか。

そう頭に過ぎったが、それはしてはならないと結城夏野は首を横にふった。

――これから俺は、奴ら…屍鬼達を狩る…。

屍鬼達を狩ると言う事は、目の前にいる武藤徹も狩ると言う事。
会話を交わしてしまえば、涙を浮かべたあの琥珀色の瞳を真正面から見てしまえば、その決心が揺らいでしまう恐れがあったからだった。

"一緒に逃げる事は無理"

例え運よく一緒に逃げれたとしても、人の血を吸わなければ生きてはいけないと言う重く苦しい現実しか徹には残っていない。
何よりあんなにも
優しかった彼が涙を零しながら罪を重ねていく事も無理だった。

…そして、自分以外の他の人の血が彼の中に流れてくのも嫌だった。
誰かの首筋に顔を埋め、歯を立てると言う行為も許せるものではなかった。

歪んだ愛情が沸々と心の中を支配して行く。
屍鬼になった事で少しずつ少しずつ醜い感情が芽生え始めていく。

ガラガラ…と自制心と言う物が音を立てて崩れ去っていく感覚。

それは屍鬼となった者が生きる為に編み出した処世術。

――あの日、俺は死んだ。徹ちゃんの知る結城夏野と言う人物はあの日死んだんだ。…徹ちゃんの記憶に残るのは俺が人であった頃だけでいい。

屍鬼として目覚めた時、出来ることならば夏野は人間のまま死に絶えたかったと思ったが、この体になったのには意味があるのだろうと思った。
10.07.28-10.08.23.
生きる意味

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