面倒くさい。

結城夏野は、朝からため息と共に心の中で一言呟いた。自身の上履きの入ったロッカーには、正方形やら長方形の可愛くラッピングされた箱がいくつかと、手紙らしき物が何枚か詰め込まれている。そんな現状に、夏野は気分を害し、これでもかと言う位に自身の眉間に皺を寄せた。さらに付け加えるなら、背後からロッカーを開けた後の自分の様子を伺っている女子生徒の視線がいくつか感じられるのも夏野を不機嫌にさせている要因でもあった。

…もうそんな日なのか。

夏野は、ロッカーにある物を見て、今日が何の日か知れば、再びため息を零し、あえて後ろを振り向かなくとも、自分に向けられている視線が何を意味するのか分かっていながら、その手紙から可愛らしくラッピングされた箱達までを、そのまま近くにあったゴミ箱へと投げ捨てた。

ガタン。

掃除用具入れの脇に備えつけられたゴミ箱へとそれらが吸い込まれる様に入って行った音が、朝日が差し込む昇降口に大きく響けば、途端に先程から不快に感じていた視線の先から啜り泣く声が聞こえてきた。更には、嗚咽に混じって、頑張って作ったのに…と言う声。ひどい…と言う声さえも。

…面倒くさい。

再び夏野は、今日で三度目となるため息を零した。ため息で本当に幸せが逃げると言うならば、この短時間で夏野の幸せはどんどん逃げて行っている事だろう。それでもため息を零さない訳にはいかなかった。

…そもそも、自分が作った物を、一回も喋った事がない相手に食わすか?

今日が、どんなに特別な日であったとしても、夏野にとって、まったくもって面識のない、知らない人間が作った手作りなど食べられるわけが無かった。何が入っているかわからないのもあるが、そもそも職人でもない素人の自分の作った物を、あまり親しくもない人間に渡せるその神経が、夏野には理解できなかった。

ただ、既製品の物を溶かして固めてだけだから、味に自信があるのかもしれないが、素性も知らない人間の手作りを渡された側の人間の気持ちを汲み取る事は出来ないのかと、更には、口に含む物を靴箱の中にいれる神経が分からないと、夏野は彼女達に対して批判的な見解しか無かった。

゙ひどい゙

先程聞こえきた言葉に、夏野は心の中で蔑んだ。

…自分の事を棚に上げてよく言う。

かと言って、それが市販品だったとしても、靴箱ではなく机の中にそっと忍ばされていたとしても、冷たい態度を向けても懲りずに何度も話しかけてくる人物からの贈り物だったとしても、夏野はそれを受け取るつもりは毛頭無かった。関わりあいたくはなかった。そして、箱と一緒に捨てた手紙の内容は読まなくとも、゙好きでずとか、゙どこどこへ来て欲しい゙…と言った文面が綴られているのが夏野には分かっていた。例え、゙来るまで待っていまず等と書かれていようが、顔も知らない人間の所へ行く義理も気持ちに応える気さえさらさらなかった。

この日だから、許される行為。許される、好意。普段は消極的な子さえ、この日だけはと意気込む。

だが、この日は特別と思っている人間が多くいる中、夏野は特別な日ではなかった。朝登校した時に、自身のロッカーやら机の中にとあるイベントを指す物が入っているのを見かけ、ようやくその日が何の日なのかを知る位だった。一個の義理でも喜ぶクラスメイト達を前に、夏野にとっては煩わしい日でしかなかった。

…素直に受け取ればいいのか?この手紙を読めばいいのか?笑顔のまま礼を告げればいいのか?目の前で開けて、その中に入っている物を、口に含めばいいのか?

――――それで、十分なのか?

いや、彼女達は、あわよくばそれ以上の事を願っていた。一部には、受け取ってくれるだけでいいと言う子も居るかもしれない。この気持ちを知ってていてくれればいいと思った子も居るかもしれない。だがそれは夏野にとって、受け取る側になる相手の気持ちを全く考えていない、自己満足そのものとしか思えなかった。只、自分の気持ちをすっきりさせたいが為に、行われる行為、好意。

捨てられた箱に挟まっていた小さなメッセージカードには、"受験一緒に頑張ろうね、同じ高校にいけたらいいなぁ…"と可愛らしい字で書かれていた。
気持ち捨てる

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