芹・薺・御形・繁縷・仏の座・菘・そして…蘿蔔。
正月と言う新年を迎えてから丁度一週間後。1月7日。
めでたい席によって出された味付けの濃い御節やら祝い酒などで荒れた胃を休めるために食すと言う七草粥。
薬膳粥と言っても過言ではないその見た目は、緑と白しかない質素なもので味も美味しいと言える物ではない。
人によっては味が物足りないとの事で梅干などで味付けをしてしまう家庭も見られるが、日本に今も根強く残る伝統の一つであった。
そんなとある年の1月7日。
夏野の目の前には、七草粥の入った茶碗と箸が置かれていた。
「ほら、夏野、食ってみろよ。まぁ、美味いもんでもないけどな」
武藤徹にせかされ、結城夏野は少し間があった後、一言、頂きますとだけ口にした。
ぱくり。
一口、口に含めば雑煮や御節を食べた時に比べて無味と言ってもいいほどの味付けと、噛めばほんのりと感じる草特有の苦味が微かに口の中に広がった。
柔らかくコトコト水と共に煮込まれた白いご飯は一粒一粒が水気を多く含んでおり、噛めば噛む程それお粥特有の粘着質な音が耳の中に響く。
思っていた通り、美味しいものではない。
正月に飲み食いした事によって荒れた胃を休ませる為の食べ物なのだから仕方が無いのだが、味気ない所為か食は全くと言ってもいい程で、食が進む事も無く、夏野はふと、目の前にいる人物の方へと視線を向けてみた。
そうすれば、自分と同じく箸を休めることも無く、黙々と七草粥を食べているその姿に、食べ慣れているのが伺えた。
…ん?
夏野はある事に気が付いた。徹の茶碗からは米には見えない白い物が徹の口から茶碗へと伸びている事に。
どう見ても、同じ七草粥を食べている筈だと言うのに徹のだけ何故か延びている。
夏野が食した時には伸びる物など何も無かった筈だと言うのに。
どう考えても多く水を含んでいるとは言え、米が伸びる訳が無い。…そう、それは餅としか言い様がなかった。
初めて七草粥を口に含むとはいえ、それなりに七草粥が何なのかは知っていた夏野にとって餅まで入れるとは聞いていなかっただけに、徹の口の中に収納されていくその餅によく似た白い物体に目を奪われた。
「はふはふ…」
そんな夏野の様子などに気づく事も無く、徹は美味しそうに笑みを浮かべながらその餅と餅に絡まる七草粥を一緒にほうばっていた。
伸びる白い物体に違和感を感じてないのか、徹の箸がとまる事は無い。
むしろ、その餅らしき物があたかも七草粥を作るにあたって必要な物だと言う様なそぶりで食べているその姿に、さすがに無視する事も出来ず、箸を止めたまま夏野は徹にその正体を問いただしてみたのだった。
「徹ちゃん…それ何」
「ん?もひだぞ?なふの」
やはり、餅。
夏野の質問に、シマリスの様に頬を膨らませてもぐもぐと口を動かしながら徹は答えた。
「餅なのは分かっているけど…何で餅?」
「あぁ、俺んちはこれに餅いれんだ」
「は…?」
その言葉に夏野は少し間の抜けた声を出してしまった。
粥の中に餅。普通ならばありえない話だ
餅を食べながら白米を食べる人があまり見られない様に、水気を含んだ白米の中に餅をいれてしまうと言う行為にさすがに夏野も驚きを隠せなかった。
「七草粥初めて食うって言うから、まず最初に普通の七草粥を味わってからの方がいいかと思ったのだが、お前も餅入れるか?」
「いや、いい。…と言うか胃を休めさせるための奴なのに餅いれるのかよ…」
夏野は少し呆れた口調で言葉を吐けば、そんな夏野の様子とは打って変わって徹は満面の笑顔を向けた。
「ま、そう言うなって。塩気欲しかったら梅干しそこにあるから入れるといいぞ。それとも俺の一口味見してみるか?」
「いらない…と言うかご飯と餅って合うのかよ…」
「案外くせになるぞ〜」
「…俺は勘弁しとく」
夏野は再び箸を動かし、近くに置かれていた梅干しと一緒に再び七草粥を口に含んだ。
そうすれば、梅干しの塩気によって七草粥特有の味が助けられ、先ほどよりも食が進むのを感じながら、日本伝統の味を夏野は徹と共に楽しんだのだった。
「…ご馳走様でした」
「んー食った食った。ごちそうさま」
空となった茶碗。満足そうな徹の顔。
食べ終わったことだし、徹ちゃんはまたやりかけだったゲームへと向かうかと夏野が思っていると、徹はゲームのをし始める所かそのまま夏野の方へと体を動かしてきた。
「なぁ、夏野よ」
「何だよ、徹ちゃん。そんな真剣な顔をして。…と言うか名前を呼ぶな」
さっきまでとは打って変わって真剣な表情の徹に、夏野も心なしか身構える。
「もう一つ、お前としたい事があるのだが…」
「したい事?」
「正月やら何やらで、ここんとこご無沙汰だったではないか」
「…何が言いたいんだよ、徹ちゃん」
ご無沙汰。その言葉に夏野は本能的に徹から距離を置く形で後ろへと退く。
だが、徹もさらに夏野に迫って来る為、距離が一向に広がらない。
しまいには、ベッドに背中があたってこれ以上下がる事が出来なくなった夏野に徹はそっと耳元で囁いた。
「そろそろ…をしたいのだが」
「……っ!!」
夏野は何を言われたのかすぐに理解すれば、途端に顔を赤くさせ、唐突に怒りを露にした。
「その前に俺達は夫婦じゃないだろっっ!!って、押し倒すなよ!徹ちゃん!!」
だが、残念な事に夏野の怒りは徹には通用せず、そのまま暴れる自身の体を徹によって意図も容易く持ち上げられ、ベッドの上へと押し倒されてしまった。
二人分の体重によって軋むベッド。
「さて今年最初の夏野はどうかな〜っと」
「冗談もほどほどに…っ!や、やめろって…!!」
「なはは、観念しろ、夏野」
「馬鹿な事言…っ!」
身動きとれなくしても騒いだままの夏野の口を徹が塞げば、先程まで食べた七草粥の味が微かにした気がした。
「…くそ…っ」
…やがて、繰り返される徹の口づけに夏野も次第に抵抗を止め、自身も進んで徹の服を掴んで誘えば、久しぶりのその行為に二人して溺れていったのだった。
そして次の日の朝。
「夏野君はもう食べたみたいだけど、静子さんから頂いたし、折角だから作ってみたの」
「お、七草粥か!初めて食うな」
「…」
あの後、御裾分けと七草の入ったお土産袋を徹の母親から渡された夏野は、次の日の朝食に出された七草粥によって徹とした行為を思い出してしまい、朝から何とも言えない感情に囚われたのだった。
11.01.07-11.01.08.
七草粥と×始め
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