「夏野よ…お前に恥じらいと言う物は無いのか。制服で胡坐はどうかと思うぞ」

「…別にいいだろ、下も履いてるんだから。と言うか名前を呼ぶな」

「そういう物では無くてなぁ…」

気づけばこの家に週に何度も訪れる様になっていた俺に、部屋の主は少し困った口調で呟いた。
少し気まずそうに頭を掻いているのが気にはなったが一応下は履いているし何が問題なのかよく分からないまま、俺は再び雑誌の方へと視線を戻した。

…にしてもこの家にまた来る事になるとは思ってもみなかった。

あの時みたく玄関先でならまだしも、部屋の中まで来て雑誌片手にくつろいでいる今の自分の現状をあの時は予期出来ていただろうか…。
今日は一度も家に帰らないで制服のままこの家に来ているし、何だかどんどん調子が崩されてきている気がする。

…この男…いや、……徹ちゃんに。

きっかけは何だっただろうか…。確か…。

雑誌に目をやりながら頭を悩ませていれば、目の前に何か布状の物が置かれた。

…何だこれ。

「夏野、制服皺になるからこれ履け」

そう言われてよく見ると差し出された物が半ズボンだと言う事が分かった。これは確か徹ちゃんと初めて会った時に徹ちゃんが履いていたズボンだ。懐かしいな。

「これ…?」

「そ、これ」

「…」

どうやらこれを履かないといけないらしい。
面倒臭いが徹ちゃんの事だ。
俺がいらないと言っても何が何でも履かせてくるだろう。
何度言っても人の名前を呼び続けている位だしな…。

「…分かったよ」

ため息と共に読み途中の雑誌を片隅に置き、ズボンを受け取ればベットから足を降ろした。
一瞬、ベッドのテレビ等しかないこの場所でどこで着替えればいいかと悩んだが、このままここで脱いでもいいかと言う考えに至った。
中も履いているし何より徹ちゃんならいいかと思ったからだった。

…とっとと着替えて座ろう。

徹ちゃんに一声掛けず、すぐに腰の留め具をはずそうとすれば、徹ちゃんは部屋の扉を開けて出て行こうとしたのが目に入った。

「…?徹ちゃん、どこ行くんだ?」

思わず、呼び止めてしまう。
徹ちゃんがどこに行くのも勝手な筈なのに、不思議と声に出してしまった。
まるで、どこかに行くのを止める様な口ぶりだったのもあり、内心自分自身驚いた。
それは徹ちゃんも同様だったらしく、俺の言葉に少し体がびくりと反応を示した。

「あぁ、喉かわいたからジュースでも買ってくるよ。お前も何か飲むか?」

「いやいい」

「そこにハンガーあるから着替え終わったら掛けておけよ。夏野」

「あぁ、って名前はやめろ」

「んはは」

相変わらず笑い声でかわされる。そして徹ちゃんはそのまま部屋へと出て行ってしまった。

…って今、徹ちゃんの前で着替えようとしなかったか…?

さっきのもそうだったが、それよりも徹ちゃんの前に服を脱ごうとしていた自分の行動にも驚いた。
実際、昔からどっち付かずな顔と体を持っていた所為か、着替えの時はよく人にじろじろと見られていたのも有り、恥じらいよりも先に自然と人のいない場所で着替える癖が出来ていた。
その所為か何なのか、今では着替えをしていてもいなくても人に見られるのは気分がよくない。

けれど徹ちゃんの前だと嫌悪感を全然感じなかった。
むしろ、普通に徹ちゃんならいいかと思って勝手に手が動いていた。

まぁ、まるで変な物を見ている様な目つきで人の事を見てくるのが嫌と言うのが理由なのだから、徹ちゃんの前ならいいと思ったのはおかしくはない事なんだが…。

何より徹ちゃんは人の事を奇異な目で見てこないしな…。
出会った時からすぐに俺の性別にも気づいていたし、他の奴と平等に接してくれる。

時折、それが少し嫌に感じる時もあるが…。

「…着替えるか…」

とりあえず外れたままの留め具から、ファスナーの音を鳴らせば、その音だけが静まり返った部屋で響いた。

ゲームの操作音も徹ちゃんの声もしない部屋。響くのは着替えの時に生じる音のみ。

…変な感じだな…。

渡された奴に履き替えてふと辺りを見渡してみれば、徹ちゃんのいない部屋は何か変な感じがした。
普段はあまりよくは見ないからかもしれないが、整理されている方だと思う。
色々な本や雑誌が散らばっている事も無く、ちゃんと収納されていて、そこまで騒々しくない。

…ここが、徹ちゃんが普段生活している場所か…。

最近では自分の定位置と化したベッドの上へと腰掛ければ、そこは普段は徹ちゃんが寝起きをしている場所だと言う事に気づく。
徹ちゃんの部屋なんだから当たり前なんだが…寝ている所を見た事が無い所為か、そんな事さえ頭に入っていなかった。

「…」

徹ちゃんがいない事をいい事にそこに少し横たわってみれば、微かに徹ちゃんの匂いがする。
嫌いじゃない匂い。むしろ…好きな匂いだ。それに自分の家の布団よりも寝心地がいい。

「…ふぁ」

眠くは無かった筈なのに暫くそのままでいれば、その布団のぬくもりや匂い誘われて眠気が急激に襲ってくる。

…徹ちゃんには悪いが、少し…寝よう…。…ほんの少しだけ…。

徹ちゃんが帰ってくるまでと思いながら、そのまま少しだけ瞼を閉じた。
けれど、目を閉じてから気づいた。

少しではすまない事に。








「…俺の布団…」

聞きなれた声がそう呟いたと思えば、その後クスリ笑った気がした。
そしてその後、自分の体の上に何か掛けられた感覚がしたのだった。
10.12.10-10.12.14.
何度目かの訪問

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