一人の少女は泣きました。

それは、とてもとても寂しかったからです。辺りを隈無く見回しても、自分以外誰もいない部屋。真っ暗な暗闇に佇むのは少女ただ一人。
朝日の差し込む朝や昼には、人々の楽しそうな会話が聞こえてきてもその者達の仲に入ることが出来ませんでした。少女にとって、太陽は猛毒だったからなのです。そして朝日が昇ると同時に深い眠りについてしまう。…ですが、長い月日の中で、あまりにもの寂しさにとうとう耐え切れなくなった少女はやがて、自分と同じ仲間を作ろうと、考え付きました。

作り方は簡単でした。
仲間にしたいその者の首筋に歯を突きたて、血をすすり、そして、その者がやがて死を迎えた時に自分と同じ素質があれば、蘇り、自分と同じ太陽の光を恐れる吸血鬼にする事が出来るのです。
もちろん、色々とリスクは伴いました。
例えうまく仲間を作ることが出来たとしても、また一人、また一人と、自分達の存在を知った人たちの手により殺されたり、同じ仲間でもある少女を裏切り、生前の自身の家族の元へと去ったりと、どんな形にせよ、少女の元に残る人はどう頑張っても極僅かにしかなりませんでした。裏切りには、死を。家族の下へと行こうとして処刑された者達の無数の死体を何度見てきた事か。

裏切ることもなく、殺されることもなく、少女と一緒にいてくれる人達も現れましたが、それでも、その仲間達もいつ、他の人間達の手によって命を落とされるか分かりませんでした。
例え、人間よりも強くても人数が少なければ殺されてしまう確立も高い。もっと、もっと、仲間を増やし、強固なるものを作らなければいけないと少女は思いました。
裏切りも一切いない、強固な絆を持った仲間を作らなければならないと。

屍鬼となった者達が最初に思い描くもの、それは家族。…少女は思いました。家族を作ろうと。それだったら裏切られる事がないと。だから、自分達の仲間を生んでくれる体が必要だと。次に屍鬼ならざぬ亜種が生まれた時、その者を利用しようと。
人間ではなく、太陽光を嫌う屍鬼でもなく、人狼の者の体を使おうと。

「女の人狼なら一番いいのだけれど」

屍鬼となった者に、生殖機能はありません。
もうすでに死者なのですから。
ですが、屍鬼の亜種、人狼だけは違いました。何十人に一人の確立で生まれ出でるもう一つの屍鬼。人狼。
人間よりも身体能力が高く、屍鬼達の中でも特別な存在。太陽の下でも平気に歩け、一度たりとも死んではいない為、脈もあり、他の屍鬼とは違い、人の血を啜らなくとも何とか生きていけれる屍鬼よりもどちらかと言えば人間に近い者。

「ねぇ、知っている?人狼になる人は、愛に飢えすぎてしまっている人だけがなれるのよ」

飢えて飢えて、それはもう、狂ってしまう程の人間が、同じ想いを抱いていた者から命を奪われた時に、何分の一の確立で人狼となると今までの経験で学んでいました。

「想いは通じ合っていると言うのに、結ばれる事のない二人の苦しみから生まれるなんて、何て素敵なのかしら」

好きなのに、究極の飢えと言う飢餓地獄から愛する人を殺さなくてはいけなくなった者と、愛する者の為に自分の死を受け入れた者。その苦しみから生まれ落ちる種族。

「…沙子、検査の結果、彼にもう一つの生殖機能があったみたいだよ、どうやら本当みたいだね」

「そう、なら、あとはお願いするわ、またあの人を行かせて頂戴」

一人の人狼の女は、当の昔に愛する人を失ってしまっていました。目の前にいる人狼の男は、相手が子を宿すことが出来ませんでした。人間と関係を持っても遺伝子の都合で子を宿すことは出来ませんでした。そこに愛がなければ、形にとなって現れない。一つの命は、とてもとても重く、尊い。そして、人狼になってしまう程、身を焦がした相手以外を今更好きになる事は出来なかったのです。現に、他の人間にも再び好意を寄せる事が出来ていれば、その者は人狼とはなっていません。

永遠に変わらぬ愛を貫き通す者。


この村に来る前、その者の愛に、応えることが出来なくなってしまった自分を見つめながら少女は願いました。どうか、どうか、次の場所では人狼が生まれる事を。と。

…けれど残念な事に次の人狼は、子を宿す機能を持った女ではなく、少年でした。少女は、悲しみました。ようやく出会えた人狼。これからの自分の種族の希望の星。それが潰えたのです。また、探さなければいけない。暫くは、今の手法で地道にやっていかなければと。いつ裏切られるかわからない不安な気持ちを抱えながら、少しずつ少しずつ起き上がった者達を洗脳していかなければならないと。けれど、ふと、少女は思いました。血を吸ったのは、少年の親友であっだ男゙だった筈だと。…なら、もしかして。少女は、思いました。本当ならば、考え付かない事を。そして、それが当たりだった事に、少女は歓喜を上げました。

「これで、私の念願が叶うわ」

少女は、幸せに満ち溢れていました。
やはり、この村に来てよかったと、笑いが止まりません。
男であった筈の少年が、親友でもあった男に密かな恋心を抱いていたばかりか、その人物も少年と同じ想いを抱いていたのですから。

先に屍鬼となった彼と、どこからか人づてに聞いた大事な親友を失った後の少年の様子が少女はとても気になり、昔から自分に仕えてくれていた人狼に、彼を使って少年を襲う様にと指示を出したのでした。それが、よもや、その少年が、人狼へと変化し、そしてもう一つ、生前にはなかったとある機能を授かるとは思いもしなかったのですが、それは、その少年が、生前に男の身でありながら、愛しい人の子を産みたいと願ったからかもしれません。男であるが為に、この思いを告げる事が出来なかった少年の心の奥に潜んでいた強い感情が人狼となった際に、前面にでたのでしょう。

「孕む孕む、孕む」

愛する男にその言葉を耳元で囁かれながら、言い聞かせをされながら、犯された時、人狼になった少年の体はどんな風に変化するのか、少女は何故か知っていました。
先ほど言った様に、すでに屍鬼となっている者に、脈がないのと同じ様に、生殖機能は備わってはいません。ですが、人狼は日々進化していく。そして、脈を打ち、今も人ならざぬ者として、生きている。

「人狼だけは、子をなす事が出来るのよ。それが、愛する人の子となれば、なおさら」

自身の中に注ぎ込まれた液体を、自分の体の中で再生する事ができる。それが例え、死者の体液であったとしても。人狼と、吸血鬼の子供はどんなのになるのかは分かりませんでしたが、一つ言えるのは、隠れ潜む事でしか生き永らえなかった屍鬼の世界に変革が起ころうとしている事でした。

「きっと、私達の救世主になるわ」

少しずつ、少しずつ、性交によって種が増えていく。それはまた今までの手法とは違ったやり方でした。年月が経ち、その子供がまた他の人間との交わりを繰り返していけば、いつしか、屍鬼でありながら、太陽の光を恐れる事なく、人の血を吸う事もなくなるかもしれません。それは、ただの人と化してしまうかもしれません。
ですが、人と言うのは単純なもので、自分の家族とならば、迫害を与えることをしないでしょう。それが、人の血を吸い、夜しか出歩かない得体の知れない者であっても、時に、今と同じ手法で種を増やしていく一方で、交わり合い、家族を作りながら、じわりじわりと、侵食していく。人と、人ならざぬ者がやがて交わりあい、どちらもが共に生息していく日はすぐそこにあるかもしれません。






「夏野、ごめん…」

「徹ちゃ…うぁ…ッ、はぁ…はぁ…」

「…俺の子を、孕んでくれ」

君が嫌ならば、他の奴にさせるよ、と人狼に言われた彼は、やむおえなく親友を犯し始めました。少年が愛した屍鬼である自分との性交でしか子を成さない事を知らされず、ただただ、自分勝手に、他の者の手によってされてしまう位ならばと、優しく、優しく、なるべく傷つけない様にしながら、涙を流しながら、言い聞かせをしながら、何度も何度も。

「俺の子を…」

「あぁッ!徹ちゃ…ぁあ…ッ!」

待ち望んでいた愛しい男の物を身に納め、抵抗の色を見せずに、上からも下からも涙を流す少年はどこへと堕ちて行くのか。それは、少女でもわかりませんでした。

"孕む、孕む、孕む"


屍"鬼"の子を孕む。


「…ねぇ、知ってる?本の通りなら、鬼の子は、10月10日もいらないの」

でも、そのまえに人狼の血も入るから、実際にどの位の期間が必要なのか不明確だけれど。そう言いながら、少女は、真っ赤な色の液体の入ったワイングラス片手に嬉しそうに笑いました。
そこにはもう、昔の寂しげな表情を浮かべていた少女はそこにはいなく、吸血鬼としての女王がいました。

「種の繁栄を願って」

種の繁栄を。種の繁栄を。種の繁、栄を。

10.07.27-10.08.02.
種の繁栄を

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