「律ちゃんがよかったら……だけど」

「…私でよかったら」

徹は少し顔を俯かせ、頬を赤らめた。
そんな徹の様子に律子は優しく優しく微笑んだ。


*



…夏野がこなくなった。
いや、前から来ない日はあった。
けど、今回は何かが違っていた。

"…の練習してみる…?"

あの日以降、夏野が俺の元に訪れることは無かった。
思い当たることは一つ。
俺が、狼狽えてしまったから…きっと夏野を傷つけた。
…誰だってあんな態度をされたら傷つくだろう。もっと、うまい言い返しがあったんじゃないのか…?

徹は、親友を傷つけてしまった自分自身を何度も何度も思いつめた。

「もしかして…言っていないの?」

「…うん、いいんだ、これで」

…言えるわけがない。

律子の方に向けるのも気が引けて、手を掛けたままの車のハンドルへと険しい表情のまま視線を向ける。

「けど…」

律子が何を言いたいのかは徹は分かっていた。
だが、徹はあえて聞きたくはなかった。聞いてしまえば、自分はきっと…。
そう、確信していたからだった。

…そんな事は許されない。

徹はきつく瞼を閉じた。自分を戒める為に。その事から目を逸らす為に。

「…律ちゃんに言われて気づくなんて俺もまだまだだよな」

自分の不甲斐なさに苦笑するしかなかった。

…もっと早くに気づけていたら、どうなっていただろうか。変わっていただろうか。
…いや、変わらないか。結局は、どうにもならない。

選択肢があっても結局は同じ結末が待ち受けているしか無い事に、徹はただただ眉を顰めるしかなかった。

「…人って案外、自分では気づかないものだから」

「そっか…」

優しい笑顔の奥に潜むその思いつめた顔に、律ちゃんもそうなんだ…と、徹は思った。
そして、徹は、この秘密を墓場まで持っていく事に決めた。
誰にも知られてはいけない、秘密。
一生口に出してはいけない事。

「律ちゃん、この事は、夏野には…」

「…うん、分かってる。…けど、それでいいの?」

「……いいんだ」

大切な友人だからこそ、かけがいのない親友だからこそ、徹は口を紡いだ。

「…あ」

助手席に座る律子の思わず漏れた声に顔を上げてみれば、その真開いた瞳の先に今まで見た事が無い位、悲しそうな顔をした夏野がいたのだった。






そして、その日から約1ヶ月後。

「夏野…また俺は人を殺したよ」

徹は死んだ親友・・・結城夏野の部屋の前で何本目かになる花を添えていた。
自分の手で殺した親友に、贖罪の意味も兼ねての花を。

けれど残念な事に、その花を添えても自分の心が軽くなる事も、自分が犯した罪が軽くなる事無く、徹はぽっかりと心に穴が開いたまま、何度も何度も手を合わせた。
もう二度と開かれない障子の先に視線を凝らせば、再び涙を零す。もう誰もいない部屋。明かりがつく事のない部屋。

徹にとってその部屋の思い出などあまり無かった。
思い出すのは、親友の血を奪いに行った事と…親友をこの手で抱いた事しかなかった。

車の中で律子と話込んでいたその日…夏野の家へと行ったあの日。
徹は無我夢中で今にでも壊れてしまうのではないかと思える程のその細くしなった体を本能のまま貪った、二つの息が幾度と無く絡み合ったあの夜。

徹は体を起こして足をベットの上から下ろせば、行為後の余韻が今も尚根強く残る部屋に少しばかり眉を潜ませながら、すぐ傍で寝息をたてている親友の顔を見つめた。
何度も味わった薄っすらと開いたその薄紅色の唇。そこに自身の口を寄せようとすれば、徹はほんの目と鼻の先でそれを止めた。
ついさっきまで貪った唇、体。けれど、その行為が終わってしまえば…その練習が終わってしまえば、もうしてはいけないと徹は自分を戒める。

「徹ちゃ…」

…けれど、意識を失った筈の夏野のその唇から、ほんの少し悲しみを帯びた声で、自身を求めるかの様な声音で誘われれば、決心が揺らぐ。

…そう言えば、前にもこんな事があったな…。
夏野が初めて俺の部屋で寝泊りした日だったか…ジュースを買いに行こうとしたら、寝ぼけた夏野に服を引っ張られて結局その日は自販に買いに行けなかったんだっけ…。
……夏野の寝顔を見て笑っていた頃が懐かしいな…。

少し前の事の筈なのに、何故かもう遠い日の様に思え、徹は少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。

ギィ…

月明かりだけが頼りの静寂だけがある部屋に、ベットが沈む音だけが響く。

「…すまない夏野、これで…最後だ」

そして、徹は自身の名を呼んだその唇を最後とばかりに貪った。深く、深く、何度も、何度も…何度も。


その事を思い出せば、立て続けに思い起こされるのは帰り道での記憶だった。

夏野を抱いた帰り道は、今まで見た事無い位、熱に浮かされた親友の顔が徹の中を占めた。
男の癖に今にでも折れてしまうんじゃないかと思えるほどの細い手首、細い腰。最後にあった時よりも細くなっていたその体は、壊れてしまうんじゃないかと思う程。

それでもあの行為を止める事が出来なかった自分自身に徹は嫌悪感を抱きながらも、今でも根強く残る親友の肌の感触などを思い出しては夜風によって冷めた筈の体が熱を帯び始めた。

再び熱に浮かされ始めたその体を冷やそうと小銭を取り出せば、それが指先から離れそのままコロコロと自販機の下へと吸い込まれる様に入っていってしまった。
小銭の転がった方へと体を倒してその行方を見れば、気づけば自身のすぐ横に、見覚えの無い男が立っていた。

―――おかしな事に、孫の手持参で、

徹はその者がつい最近引っ越してきた家の者だと分かれば、小銭を拾ってくれた礼にと"今度家に来てくれよ"と、その男を家へと招けば、結果、血を吸われ、命を奪われた。

そして、今のこの姿。人の血を啜る人ではない屍と成り果てたのだった。



「…」

すでに日にちが経ち、枯れてしまった花へと視線を向ければ、二つで括った長い髪をなびかせていた顔見知りの少女に投げつけられた言葉が蘇る。

"あんたはただ誰かに嫌われるのが怖くて愛想を振りまいていただけじゃない。結城君と一緒にいたのも自分にはない他の人に嫌われてもものともしないその結城君の姿勢に惹かれたからなんでしょ"

そう言われて、確かに…と、徹は思った。

"それに、結城君の事、親友と思ってなかったんでしょ?"

その言葉を思い出して、徹は眉間に皺を寄せ嫌悪感を露にした。それは少女に対してではなく、自分に対してだった。
その言葉を言われた時、心に激しい痛みを覚えたからだった。

"あんたなんか嫌いよ。だって結城君を見る時のあんたの眼は、私と同じ眼をしていたもの。…結城君が欲しくてたまらないと言った眼をね"

"何を…"

"私が死んでから自分の気持ちに気づいたみたいだけど、その眼はずっと前から結城君を欲しがっていたわよ?"

"そんな事は…っ!"

"あるくせに"

"…っ!"

"あんたが結城君と同じ男だったから、同性だったから、一緒にいられたのを忘れないで。もし、あんたが結城君の事を恋愛対象として見ていたのが結城君に知られていたら、どうなっていたのかも"

あの時、少女はこれでもかと言う位に顔を歪ませていた。
それは自身の目の前にいる男に向けた妬みや嫉妬のまじったもので、同性と言う性別を利用して自分の好きな相手に近づいた事に対して軽蔑の意を表していた。

"それに本当は、結城君の血を吸いたくて吸いたくて、しょうがなかったんでしょ?"

"ち、違う!"

"辰巳さんに脅されたからって言う理由じゃなくて、純粋にあんたは結城君の血を吸いたがっていたわ"

"違う!違う!!"

"だって、あんたはそういう奴じゃない。理由をつけて口実を作って自分の逃げ道を確保しながら、一番安全な場所にいる"

"うるさい…!!"

"偽善者"

少女の容赦ない言葉が一つ一つ、鋭利な刃物の様に徹の心に突き刺さる。
どれもが身に覚えのある物だった。屍鬼となってまず最初に思い浮かんだのは、親友の顔。そして、次に思い浮かべたのは親友の血の味だった。

―――夏野の血はどんな味がするのだろうか。

"昔からそうよね。いい顔を振りまいて。でもその心の奥を覗いて見ればとても臆病物で、人に嫌われる事を本当の汚い自分を知られてしまうのをとてもとても恐れている癖に"

"誰だってそうだろ…!!誰だって人に自分の汚い姿を見せたい訳がないっ!誰かに嫌われたくなんて無いだろ…!清水、お前だって…っ!!"

"私は違うわ。徹、あんたなんかと一緒にしないで。現に、あんたのお得意の口実を使って、…結城君を"抱いた"くせに。そんな奴と私が一緒な訳ないじゃない"

その言葉に徹は驚きの表情を隠せなかった。
少女に悪態と共に投げつけられた言葉は、自分と夏野しかしらない筈の…秘密事。

それを何故か目の前の少女が知っていたのだ。徹は驚きを隠せる訳が無かった。

"な…なんでそれを……"

動揺を隠し切れない徹に、少女は人を小馬鹿にした表情を浮かべ、真っ赤にそまった指先を自身の顎へと添えた。

"あっらぁ?気づかなかったぁ?結城君の部屋の外から見てたのよ?……辰巳さんと一緒にね!"

辰巳。その名前を聞いた瞬間、徹は少女以上に自身の顔を歪ませた。
その人物とは徹をこの忌まわしい体へとさせた張本人。
夏野を抱いた帰り道に自販機で会った男の名前で、孫の手で自販機の下へと転がった100円玉を拾ってくれた男だった。
徹は、自身の落とした小銭を拾ってくれたお礼とばかりに家に招待したのが運の尽きだった。

――必ず伺います。

そう言葉を言い残すと、確かに一週間もしないうちに仲間を連れて、徹の家へと来たのだった。

…徹の血を吸いに。

"くッ…"

"辰巳さんの手前、邪魔する事が出来なかったけど、結城君の優しさに付け込んで散々なことしていたじゃない、この卑怯者"

"うっるさい…!!!"

"それに、好きな人の血は、これ以上にない甘美な物だったんでしょぉ?また飲みたいと思ってしまうほど、他の血の味が濁ってかすんでしまう程"

"うるさいうるさいうるさいっっ!!!"

徹は聞きたくは無かった。
その少女の言葉はどれもが当たっていて、どれもが聞くに堪えない苦痛の言葉でしかなかった。

"うるさ…いっ!!!"



……そうだ。確かに清水に言われなくても分かっていた。それは今まで食べてきたものよりも極上の物だった。


――――…だった相手の血は何て甘美な物か。




「…くっ」

徹は拳を強く握り締め、地面へとその拳を落とし、少女の言った言葉に悲痛な表情を浮かべた。

「…確かに清水の言うとおりだ…俺は…俺は…っ」

そして、夏野が死んでから7日目の今日。徹は、ようやく重い口を開けた。

「……律ちゃんとは、当の昔に別れていたよ」

これが真実。親友であった夏野にさえ言えなかった言葉。
二人で会っていたのは車の練習に付き合ってもらっていたからだった。
夏野が見たあの晩もそうだった。夜の練習がてらに付き合ってもらっていた。

"あのさ、また前みたく車の練習付き合ってくれるかな…律ちゃんがよかったら……だけど"

"…私でよかったら"

そしてとある秘密を共有していた為に、相談にのってもらっていたのもあった。
律子は徹本人よりも早く、ある事に気がついていた。
幾分か勘が働く彼女は、それが普通の人ならば考え付かない事だと言うのにすぐ様気がつき、そして徹に諭したのだ。

付き合い始めてすぐ、彼女の口から出された言葉。

"徹君の好きな人は私じゃなくて―…"

その言葉を言われた時、徹はようやく気がついた。それはずっと疑問に思っていた事。

何故、あの時止めなかったのか、と言う事だった。
嘘をついて見栄を張った親友に少し悪戯をしてやろうと冗談のつもりだった筈の行為が、何故そのまま止める事もせずに口付けを交わしたのか。
何度も、何度も、交わしたその行為を咎める事もせず、ただただ何度も本能のままに貪り尽くしたのか。

それが彼女に言われた言葉一つで、すべてを理解してしまったのだった。

…そうか、俺は…俺は――…。

律子と別れた後も彼女に言われた事が徹の頭の中をずっと掻き乱し、何度口付けを交わしても嫌がるそぶりも見せず、その行為を素直に受け止めた親友のその姿に徹は思ってはいけない事が度々頭の中によぎった。

…もしかして――夏野も。…いや、そんな訳は無い。

「…互いが、違う人を好きなのがわかったから」

律子は、まだ昔の人を忘れられないでいたらしかった。
彼女自身あまり自分の事を言おうとはしなかった分、徹自身も深くは聞かなかった所為か、あまり深入った事は知らないでいたが、まだ未練があるのが分かった。

「律ちゃんとキスしたのは嘘。でも、そうでもしないと、夏野に悪いとおもったんだ…。折角練習に付き合ってくれたのに…ごめんな」

……嘘だ。夏野に悪いと思ったからじゃない。そうでも言わなければ、俺自身が、また"練習"を続けてしまうからだ。

徹は自分を抑制する為に嘘をついた。もう、本番は終わった。だからもう練習はしてはいけないと。

「実は、練習に付き合ってくれて何日かした時にさ、…俺、夏野を抱きたいと思っちゃったんだ。…最悪だろ?」

自分の体がキスをするだけで反応し始めた頃にはすでに、親友の体を想像して自身の手で慰めた事もあった。

「夏野も反応してて嬉しいと思ったし、触れたいと思った。抱いたらどんな顔をしてくれるんだろうとか、色々妄想した」

徹は、練習と称して口付けを交わす度に熱に浮かされた夏野の顔が焼きついて離れなかった。もっと、夏野の違う顔を見たいと、自分だけにみせる顔をもっと見てみたいと。

もうすでに末期だった。引き返す所はとうに過ぎて、もうこれ以上は破滅の道へと行く道しか残されていなかった。
そんな時に、夏野が言ったあの言葉は自分自身の願望から来た幻聴かと徹は思った。
だが、実際は幻聴などではなく、確かに夏野は、練習と称して自分を抱いていいと徹に言ったのだった。

「だからあの時、お前の優しさに縋り付いて、自分の欲のままにお前を抱いた。…ごめん」

悲しい顔で去った夏野に、徹はずっと悩んだ。律子にすぐに追いかけてあげてと頼まれてもそれが出来なかった。
そんな資格は無いと自分に言い聞かせ、律子を家まで送った後、自分の家へと戻ってきても徹は夏野を追いかける事が出来ずにいた。

部屋で一人、悶々と苦しめば、久々に見た親友のその思いつめた顔が浮かび、後ろ髪を引かれる思いに苦しんだ。

…何でそんな顔をするんだよ…夏野…っ!夏野…っ!

徹は、もう限界に来ていた。気づいてしまった気持ちはさらに膨れ上がり、思った以上に自制が利かなくなってきていた。

そして、やがて――…、

"今度は、…ックスの練習でもしてみる?"

"徹ちゃんがいいんだったら、俺は1回や2回どうってことー…"

あの時夏野の口から告げられた言葉が徹を支配していったのだった。





「……もし、告げていたら、どうなっていたかな」

徹は、顔を俯かせ、ぽつりと言葉を漏らした。

……夏野は、俺の事を気持ち悪いと思うだろうか。
最悪だと罵るだろうか。自分の気持ちを覆い隠し、練習と言う口実を使ってお前を抱いた事を許してくれるだろうか。

ふと、徹はその時の罰が今のこの体へとさせたのだろうと思った。
人の血を吸わなければ生きていけない忌まわしい体へと。

「……お前は俺の元を去ったかもしれないな…。あの時以上に…俺の事を避ける様になったと思う」

前みたいに部屋に来ることも無くなって…、きっと、死んだ筈の俺の姿を見ても、追いかけてくる事はなかったかもしれない。
あの時、辰巳や清水に囲まれる事も、俺に血を吸われる事も。

――――死ぬまで俺を部屋に招きいれる事もなかったかもしれない。

徹はきつくきつく瞼を閉じて、最後まで自分の事を大事に思ってくれていた親友の姿を思い出しては大粒の涙を零した。

…いや、夏野は優しい…。
普段の誰も寄せ付けようとしない毅然としたその態度から垣間見える優しさを俺は知っている。
拒絶した後でも夏野はその優しさから・・・俺の気持ちに応えられなかった罪悪感から、結局は俺を招き入れ自分の血を与えていただろう。

それは自惚れでは無く、そう徹は思った。
たった1年ほどしか一緒にいなかったと言うのに、徹は夏野の事を分かっていた。…つもりだった。

…それに辰巳が、自分達に気づいてしまった夏野を放っておくはずはなかった。
それならば、俺がと、思っていたのも事実で…。

どう足掻いても、結局最後は変わる事がなかった事実に徹は地面を幾度と無く濡らした。

「お前のこと…」

徹は憂いを帯びたその瞳を揺るがしながら、かき消されてもおかしくない位のか細い声で、とある言葉を口に出した。
たった一言、口に出すだけだと言うのに、心なしかその唇は震えている様に見える。

「お前のこと……好きだったよ…」

それは一生言うつもりがなかった言葉。ずっとひた隠して行こうと決めた言葉。
律子はそんな徹の気持ちに気づいていたからこそ、その言葉を自身の口から夏野に告げる事を薦めていた。
けれど、徹は頑なにそれを拒み、墓場まで持って行こうと心に決めた言葉。

だが、そんな言葉もすでに死んでしまった自分にとってはもう時効なのかもしれないと徹は少し苦笑いを浮かべた。
何より伝えるべき相手も死んでしまった。いや、自分の手で殺してしまった以上、この言葉は生前の時よりもさらに重くのしかる。

それでも、徹はその言葉を口に出す事に決めた。
今日でその相手が死んでから1週間が経った。今までの想い全てを終わらせる為に、徹はゆっくりと亡骸無きその場所で言葉を告げたのだった。

「…親友としてじゃなくて…本当に」

死んでしまった親友に花を添える。
好きだった子に花を添える。

生きていた時には、言えなかった言葉と零れ落ちる涙と共に。

「さようならだ…夏野」

この気持ちと共に、別れを告げた。

そうすれば、風がざっと吹き抜ける。
その風に一瞬目を霞ませれば、風と共に、

"俺も好きだったよ…徹ちゃん"

…と、あの懐かしい声が頭上から聞こえた気がした。
それは幻聴か何なのか分からないまま、徹はその声のした方へと視線を向けてみるが、木々が生い茂っているだけでそこには誰もいなかった。












「俺も…」

樅の木が生い茂るとある一角で、満月の綺麗な夜に照らされた人物が一人、紫に近い髪を風になびかせながら木の上でぽつりと呟いた。

「…徹ちゃんの事・・・好きだったよ…」

顔を埋めているせいか表情は見て取れなかったが、誰かを想って愛おしく呟く様な声が静まり返った夜空に響いた。

「……好きだったよ…」

そうして――――死してようやく想いは繋がったのだった。

愛惜と口実 Truth END.10.07.28-10.12.01.
Completion.
Story of the truth

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