すぐ傍に、徹ちゃんの火照った顔。
ベットの上で、互いに自分のシャツを脱いで、向かい合っている。
電気はとうに消えて、今は月の光だけが頼りだった。上半身裸の男が二人、ベットの上。普通なら、ありえない光景だった。

目の前の徹ちゃんの体に目の行き場が無くて、視線を下に向けていれば、抱きしめられた。
徹ちゃんの匂い、俺の背中に回された腕、徹ちゃんの肌の感触が、俺の心臓をさらに早くする。無意識に体も熱くなる。

…けれど、徹ちゃんの体は、とても冷え切っていて、氷の様に冷たかった。
前の様な徹ちゃんの温もりはそこにはなく。心臓の音も聞こえない、息を吸っている気配もない。

これじゃ、まるで――――死んでいるみたいだ。

そう思ったら、ふいに怖くなって、その体を強く、強く、抱きしめた。
徹ちゃんが生きている事をこの身で確かめる為に。
けれど、どんなに強く抱きしめてその体を温めてみても、徹ちゃんの体は冷たいままだった。

なんで、なんで冷たいんだよ、徹ちゃん。


徹ちゃん…。


「……また、夢か…」

そこには見覚えのある天井。
そして、またこれが夢だった事に気づく。
あの日から見るのは同じ様な夢ばかりだ。

原因は、分かっていた。
そして、その夢を見始めてから。5日。その間に徹ちゃんの家に行く事もなかった。
もう少しでテストもある。前々からその期間になると徹ちゃんの家に行くのを控えていたから、丁度よかった。暫くは、行くのをやめよう。


……暫くは……。



"俺は、いいよ?…徹ちゃんなら"

思い起こすのは、一週間前の徹ちゃんの部屋で、俺が言った言葉によって、静まり返った部屋。長い沈黙。…さ迷う瞳。それらから徹ちゃんが困惑しているのが、ひしひしと伝わってきた事だった。
口を少しばかり開けて、何か言いたそうにしているが、丁度いい言葉が思い浮かばないらしく、徹ちゃんの口から言葉が発せられる事が無い。
それは、俺の事を意識してくれているのか、よくは分からなかったが、俺の言葉に対して、どう言おうか悩んでいるのは分かった。

…なぁ、何か言ってくれよ…徹ちゃん。何で、黙っているんだよ。

徹ちゃんの普段見せないその表情は、思った以上に、俺の心に堪えた。

…笑ってくれよ。それとも意識してくれているのか?練習とはいえ、俺と…キスをしたからか?

「夏…」

それとも――――…、

「…なーんてな、冗談だよ、徹ちゃん」

言葉をどうにかして出そうとした徹ちゃんの言葉を最後まで聞く事が出来ず、自分の言葉で遮った。
徹ちゃんのあの顔を見てしまったら、最後まで我を通すことが出来なかった。つくづく思う、俺は、徹ちゃんに弱い。

「驚いた?」

冷静にしているつもりだが、内心、自分の心臓はバクバクとうるさい音を立てていた。
最近、自分の感情に左右されすぎだ。キス出来ただけでもよしとしなければ。あの時から、今まで自分の内に抱え込んでいた欲が溢れ出ているのは分かっていたつもりだったが、駄目だ。いい加減にしないと。

「冗談、なのか…?」」

「あぁ…」

そう、冗談。俺のでまかせ。念願叶って浮ついていた状態の徹ちゃんをからかってみただけ。…だから、徹ちゃん。何か思いつめたかの様な顔で、その目で、俺を見ないでくれ。
そんな、顔で。何か、訴えかけているかの様な。さっきの言葉じゃなくて、今の言葉に対して訂正を求めているかの様に思えてしまう。

期待させる様なそぶりを見せないでくれ。…俺の欲が、また口から出てしまう。

「ほら、あの人、結構年上だろ?それなりに経験もあるだろうし、徹ちゃんが恥をかかなくてもいいように、って思っただけだから、けど、俺なんかじゃ練習台にもならないよな、そもそも俺は男だし」

自分が何を言っているのかは分かっていたつもりだった。けど、止まらなかった。雑誌を見ながら、早口で。言葉をつらちらと並べ立てる。頭に浮かんだ事を。

「まぁ、徹ちゃんが、男の俺の裸を見ても勃つなら、練習台になってもいいかなって思っただけ、一応色々世話してもらっているし、男は尻の方に入れるみたいだけどやり方は普通のと変わらないみたいだし」

…やり方は、一応、知っている。人の知識を借りただけに過ぎないが、よもや、自分がその知識を口に出す事になる日がくるとは。
こっちに来る前に、クラスメイトの奴が他の奴に冗談交じりに言っていたのを小耳に挟んだ時は、一人馬鹿らしく思えたというのに。

「それに、男同士じゃ、そう言う行為とは言わないだろ?格闘技か何かみたいなもんだろうし」

いや、それも、入る。男と女じゃなくて、男同士の場合もその言葉が当てはまる。けど、それを言ってしまうのは躊躇われた。

…言ってしまえば、徹ちゃんは、首を縦に振ることがないのを分かっていたから。

「…夏野は、いいのか?」

いいに決まっている。むしろ、…してほしい。

「…あぁ、徹ちゃんがいいんだったら、俺は1回や2回どうってことー…」

「…」

その沈黙に、視線を雑誌から少しずらしてみれば、徹ちゃんは眉間に皺を寄せながら視線を下に向け、歯をギリと強く噛み締めていた。

…何で、そんな顔しているんだよ。

初めて見る。徹ちゃんのそんな顔。いつも笑ってとぼけ顔の徹ちゃんの顔はそこにはない。

……あぁ、駄目だ。もう限界だ。

意識してくれたら…と思っていたが、徹ちゃんにこんな顔をさせるんだったら、言わなければよかったと思った。
徹ちゃんを困らせるつもりじゃなかった。駄目だ、何しているんだ。俺は。
折角、徹ちゃんは、念願叶ってあの人とうまくいっているって言うのに。
自分の欲を押し付け様として…。

「徹ちゃんごめん…。…気持ち悪かったよな、いきなり、こんな事…」

「え、いや、夏野っ!」

「…俺、今日は帰るよ、明日からテスト週間だし。帰って勉強しないとな、てかあんたもテストじゃないのか、ゲームばっかしてないで勉強しろよ」

「夏…」

「…じゃあ、徹ちゃんお休み」

俺は一度も振り返りもせずにその部屋を出た。
振り返ってしまえば、バレてしまう。きっと気づかれてしまう。自分でも分かっていた。人に見せられない様な顔をしている事位。

…胸が締め付けられる様に苦しい。

「あれ、夏っちゃん、もう帰るの?」

「あぁ、お邪魔しました」

「あ、はいー、また来てね、夏野君」

「おー、またなー!」

「夜道は気をつけるんだよ」

顔をなるべく俯かせて、髪の毛で表情をみられない様にしながら、武藤家を後にすれば、激しい自己嫌悪をどうにかしたくて、そのまま勢いよく自分の家への道のりを走り出した。

もう今じゃすっかり歩きなれた道。けど、今日は違っていた。
こんなにも、苦しく、つらく、この道を帰る事になるとは、少し前の徹ちゃんとキスをして、浮かれていた自分には想像だにしなかっただろう。

…もう、無理だ…。

徹ちゃんに会えば会うほど、この気持ちが大きくなっていく。
徹ちゃんに触れられてしまえば、さらに欲が出来てしまう。

けど、徹ちゃんに、あんな顔をさせてしまうのなら、俺は、俺は―――…





――――そして、それ以降、今日に至るまで徹ちゃんの家に行くことはなかった。

学年も違うし、バス停で会う事も無い。…つまりは、徹ちゃん自身と、今日まで一度も会う事はなかった。

「会いたい…けど、会っちゃいけない…」

徹ちゃんに会えない日が一日、一日増えて行く度に、徹ちゃんへのこの気持ちは治まるどころかさらに溢れていくのを知りながら、やがては熟し、膿となってこの身から吐き出されるのを俺は唯、待つしかなかった。
10.07.28-10.08.31.
会えない日々

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