大事な人を救うため、あなたはどこまで差し出すことが出来ますが?

少年は、今にでも倒れてしまうのではないかと言う位に、空腹に飢えた大事な人を救う為、食べ物を必死に探しました。
けれど、どんなに見渡しても瓦礫の山。食べれそうなものなど一切ない場所で、そんな中、やっと見つけたのは、一欠片のクッキーでした。

そして、自分は空腹ではない。彼は飢えに飢えて瀕死の状態。
それを踏まえていなくとも、クッキーを彼に差し出す事はそこまで難しくはありませんでした。

……けれど、それでも足りないと嘆いた彼に、あなたはどこまでしてあげる事が出来ますか?



目の前には瓦礫の山。
鋭利な破片が足元に散らばっている。







コンコン


夜も深まったある時刻。勉強も一段落し、今日はこの位にしてそろそろ寝るかと部屋の電気を消した途端、俺の部屋の窓が誰かによって叩かれた。

…清水か…?

その音に、窓の向こうと言うのもあって一瞬、とあるクラスメイトの姿を連想する。
そいつは、よく俺の部屋をのぞきにくる人物。だが、あいつはこんな事をしないで、只、外から人の部屋をじっと見ているだけの筈。

…じゃあ誰だ…?

「誰だ」

「…」

声を掛けても返事はない。
一応用心の為に、警戒しながら障子だけを開けてみれば、窓ガラスの向こうから見覚えのある人物の影が見えたのだった。両手を上に上げて何故か誇らしげな顔をしている、とてもよく、見覚えのある人物の姿が。

「なっつのー、トリックオア!トリート!」

「…何してんだよ、徹ちゃん」

窓をノックしていた人物の正体が徹ちゃんだと分かれば、肩の力が落ち、ため息一つ零しつつ、窓の鍵も開けて徹ちゃんを出迎えた。

「なははー、今日は何の日だ!」

「何の日って…」

その言葉に、徹ちゃんの口元からプラスチックらしき物で作られた玩具の鋭利な歯がある事に気がついた、そして徹ちゃんの体には、黒いマントらしき布状の物で覆われている。その姿はまるで…

「今日はハロウィンだぞぉ、夏野!ハロウィンって言うのはなー…」

「いや、ハロウィンは知っているけど、父さんが宗教系統駄目なの知っているだろ」

俺が生まれてこのかたクリスマスやら初詣やら行った事がないと言うのに、ハロウィンなんて父さんに言わせて見れば言語道断だ。
一応、徹ちゃんも知っていた筈なんだが…。にしてもよかった。さっきまで父さんがこの部屋に来ていたから危ないところだった。

「あぁ、だから、夏野の部屋の窓から来てみたってわけよ、どよ!この格好!」

どよって言われても、一応、それなりに似合ってはいるけれど、虫も殺せなさそうな吸血鬼にしか見えないぞ…。

「てか、徹ちゃん、よく俺の部屋の位置わかったな」

あの清水じゃあるまいし、それに俺が徹ちゃんの家に行く一方だったから、この部屋の場所を知らない筈なんだが。

「そう言えば、そうだな…」

それにはさすがに徹ちゃんも不思議に思ったらしく、首を傾げた。

「なんとなく夏野の部屋はここじゃないかと思ったのだが、むしろ、前もこんな事があった様な…」

"前にもこんな事"

その言葉に今度は俺が首を傾げる番だった。

「…そう言われてみれば」

確かに言われてみれば、徹ちゃんがこの窓から俺の部屋に入ってきていたのがあった様な気がする。

……いや、何度記憶を辿っても、実際は有り得ない筈なんだが、この感覚がとても懐かしい感じがしてならない。

むしろ、今起きている事と、前に同じ事が起きてたかの様な、同じ様な映像が一つに合わさる様な感覚。

これが俗に言う、既視感と言う奴なのか?

それにしても、その事を考えると、何故だか、無性に息苦しくなる。
何だこれ…。徹ちゃんが離れていってしまう様な感覚に陥る。いや、離れるとかじゃなくて…。
何て言えばいいんだろうか、…そこにいるのに、通じ合えない、そんな感じだ…。

この寂しさは何だ。この苦しさは。この居た堪れなさは。
今にでもその腕の、体の温度を確認したいと思うのは、何なんだ…?

"夏野…"

今は笑っている徹ちゃんの顔が、大粒の涙を大量に零し、泣いている姿と被れば、…何故だか急に不安になった。

「まぁ、気のせいか。…お菓子くれないと悪戯しちゃうぞ、夏野!」

「……なら、お菓子あげない」

「ほえ?」

「…悪戯してみろよ、やれるもんならな」

不安な気持ちを抱えているのを知られたくなくて、思わず窓の外にいる徹ちゃんに挑発の言葉を投げかける。
そうすれば、一瞬驚いて呆けた顔から一変、笑いを堪えきれずにぷっと徹ちゃんが息を吹けば、窓の枠に足を掛けた。

「じゃぁ、お言葉に甘えて」






*


氷の様に冷たい手などそこには無い。大粒の涙を零した徹ちゃんの悲しげな顔は無い。
あるのは、温かい手。温かい体。普段と変わらないその笑顔。

…よかった。泣いていない。

いつも笑顔の徹ちゃんが、涙を流す場面など見た事が無い筈なのに、何故か無性に心が安堵した。

「ん…っ!か、噛むなよ、徹ちゃん、痛いって…!」

「その割りには…」

「う、るさ…っ、…っ!」

ベッドの上で、吸血鬼に扮した徹ちゃんに首筋を執拗に噛まれながら、机の上にあるお菓子の入った缶が目に入った。
中に入っているのはクッキー、まだ手はつけていない。勉強には糖分も必要だと、さっき父さんから貰った物だ。

……丁度いい。悪戯された後にでも徹ちゃんにあげよう。

悪戯もされてお菓子まであげるなんて変な話だが、お菓子も、俺自身も、徹ちゃんが望むのなら……、

「徹ちゃん…」

「ん?どうした夏野?」

「…好きだよ」

「夏、野…?」

普段は決して言わない言葉。けど、今なら、言える。言えなくなる日が来る前に、後悔しない様に。

「だから、好きなだけ徹ちゃんにやるよ。…俺を」


好きだから、愛しているから、徹ちゃんの笑顔がまた見れるなら、徹ちゃんの飢えが少しでも満たされるのなら…、俺は、何でも差し出すよ。



それが俺の血だったとしても、命だったとしても――…。


10.08.17-10.09.23.
もう一つの世界

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