「きいてくれよー!夏野!おまえのおかげで、ようやく律ちゃんとキス出来たー!」

なんて、現実はそうもうまくいかなかった。

大喜びする元親友の顔をうまく見る事はできずに、もう、俺だけが知る感触じゃなくなったことに、喪失感を覚える。
きっと、した時にはこれでもかと言う位に顔を真っ赤にしたんだろうなと思うと、息が苦しくなった。
俺と初めてした時は、顔を赤くしなかった、徹ちゃんが…。

「…よかったな、徹ちゃん」

「おう!今まで練習付き合ってくれてありがとな、夏野」

「いや…」

今まで、練習 付き合ってくれて、ありがとう。
…もう本番は終わってしまった。
俺は用なし。あの時間はもう終了。
もう徹ちゃんと出来ないんだ…。

自分のものが奪われていく感覚。
いや、徹ちゃんは誰のものでもない。けれど、奪われていく感覚が自分の中でじわりじわりと広がって行く。

「今日はまた新しいゲーム買ってきたんだ、やるか?夏野」

「いや、いいよ、てか名前を呼ぶなって何度言えば…って人の話を聞けよ」

「なははは」

人の話を最後まで聞かないうちに買ってきたゲームのパッケージを破っている徹ちゃんの背中を見つめる。
変わらない背中。でも、変わっていくこの関係。
キスだけでも堪えたって言うのに、これ以上の報告を聞いてしまったら俺はどうなるんだろうか。

耐えられない。

…なら、いつか全て奪われていくのならば、せめて、徹ちゃんの初めての相手は俺でいたい。
けど、懇願するなんて俺の柄じゃない。
それに、この思いを伝えてしまえば、きっと徹ちゃんは苦しむ。いや、きっとじゃない、絶対に。
それ位、優しい人だ。誰に対しても自然体で、その柔らかな笑みや、間の抜けた口調から、こっちまで気を張り詰めるのを忘れてしまう位で、それが凄く心地よくて、だからこそ、好きになった。

苦しませたくは無い、けど、徹ちゃんの全てが欲しかった。
その二つの感情が、ぐるぐる回って、俺をさらに苦しめる。

こんなの、俺らしくない。…なら、せめて俺らしくいこうじゃないか。

「徹ちゃん…」

「んー?どした、夏野ー」

ゲームに夢中で振り向かないのは分かっている。
だから、こそ言える。

「次は、…の練習でもする?」

「おぉー…?」

今いち分かっていない返答が返ってくるのもお見通しだ。

「俺を、その人だと思って、今度は、…ックスの練習でもしてみる?」

手に持っていた雑誌を脇に置いて、徹ちゃんの背中を見つめれば、小刻みに動いていた体が、ピタリと止まった。
ボタンの押される音は聞こえなくなり、ゲームBGMだけが部屋に響く。

意識してくれたら、それで十分。
それに、冗談だよと俺が一言いえば、徹ちゃんはそれ以上深く追求する事なく、普段の様に笑ってゲームをし始めるだろう。
意識されないまま、また前と同じ様な返答をされても、徹ちゃんと出来るなら、それがベスト。むしろそれが、俺の本心。

俺が出来る事は、もうこれしかない。
ほんの僅かな希望でしか、徹ちゃんとは繋がれない。

断られてしまえば、そこで終わり。
けれど、何もしないでこのままでいるよりは、いい。

「夏、野…?」

俺の方へと振り返る徹ちゃんをじっと見つめて、口を開く。

「俺は、いいよ?…徹ちゃんなら」

さあ、どうする?
俺の意思は伝えた。逃げ道は与えた。
この誘いに乗るか、乗らないかは、あんた次第。

10.07.28-10.07.31.
奪われる前に

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