彼の笑顔が忘れられなくて

(この世に残ることができました)




それは、黒子が帝光の高校一年生に上がる、前日のことだった。
春らしい暖かな陽気に桜の木、彩られた街並み。

彼は学校から比較的近くにある公園のバスケコートでひとり、立っていた。
ゴールに向けてシュートを放つ。
なんとも頼りない弧を描いた後 ガンッという鈍い音共に脇に弾かれる。

「ふぅ…」

コロコロと足元に転がってきたボールを拾い上げながら溜め息をつく。
想うのは、中学時代のバスケ部。
一軍にいた頃、キセキのみんなに頼りにされていたあの頃。
パスをすればキセキの誰かがシュートをする。
決まれば ナイスパス、と拳をぶつけあった。

あの時のバスケの楽しさを、嬉しさを忘れたことなんてなかった。

しかしキセキの力が開花した瞬間に全ては変わってしまった


勝つための試合。勝つことが全て。誰にも頼らない個人プレーのバスケ。

影としてではなく、本当に自分の存在がなくなってしまったような感覚に今、黒子は襲われている。

だが、みんなを嫌いになったわけじゃない。

勝つためだけのバスケを変えてほしいだけだ。
勝ったとき、嬉しい方がいいに決まっているのだから。
しかしその一歩が踏み出せず、なにもできずにいる自分が情けなく感じてしまいついにコートの真ん中でしゃがみこんでしまった時だった。
彼が話しかけてきたのは。

「おい、体調悪いのか?」

突然上から降ってくる言葉に驚いた黒子が顔を上げると、そこには見知らぬ男性が心配そうに黒子を見つめていた
赤司より暗く赤い髪、そして黒。
身長は、高い。黒子より遥かに高かった。
だが、厳つくもどこか優しさを感じる人

「みたところ、顔色はいいみたいだな…立てるか?」

差し出された手に自分の手を重ねると力強く引っ張られる

「すみません、体調は悪くないです。少し、考え事をしていただけで」

しっかりと立ち上がった黒子を確認すると、彼は手を離した
変わりに黒子の足元にあったボールを拾い上げ、器用に人差し指で回し始める

「あー、なるほどな」

暗く憂鬱そうな顔をする黒子に、彼はこういうのは苦手だな、という表情をしたが、なにか思いついたのかすぐに表情を変えた

黒子が不思議に思っていると、彼はボールを回すのをやめ、ゴールに向かって走る
軽快だが力強いドリブル。そしてゴール手前で高く飛ぶとそのボールを文字通りゴールに叩き込んだ。
ダンクだ。コート内どころか公園内に響くような音を奏でる
こんな音を聞くのはいつぶりだろう
部活に行かなくなってから、久しく聞いていなかった

無性にバスケをしたくなる

「とりあえずよ、お前悪い奴じゃなさそうだし、ちょっと付き合えよ」



***


はぁ、はぁ、と荒い呼吸と共に汗が下に落ちていく。
服も、いつのまにかびっしょりだった。

「お前、大丈夫かよ…」

「大丈夫、です…」

毎日 厳しいメニューをこなしていたのに、やはり体力がつかない自分に果てしなく疑問を覚える
もっと、いろんなことができたら…。

「色々考えてるみたいだけどよ、とりあえず今。俺はバスケが好きで、バスケやってて楽しいぜ」

彼はボールを黒子に向かって投げる

「お前は楽しくないのか?」

そんなことはない、むしろ今まで感じたことがないくらい楽しかった
まだまだ、彼とバスケをやっていたい

黒子はそう直感した。

「楽しかったです。僕も、バスケが好きです」

その言葉を聞いた彼は顔を綻ばせ、黒子の頭をぐしゃぐしゃと撫でた

「じゃあそれでいいじゃねーか」

ドキン、と黒子の心臓が跳ね上がった
彼の手から伝わる体温が膨張して、黒子の身体を駆け巡る
それと同時にわけもわからず泣きそうになるのを必死にこらえる

ふいに彼は手を離し、あっ、と声を上げた
泣きそうになっていたのがバレたのかと思ったが、どうやら違うようだった。
彼は陽が落ち掛けている空を見上げている

「わりぃ、俺そろそろ帰らねぇと…。帰国したばっかで全然片づいてねーんだ」

「帰国…?」

「ああ、アメリカにいたんだ。そんで明日から帝光高校ってとこに通うことになってよ」

帝光、その単語を聞いて黒子は驚く。
まさか自分と同い年、しかも同じ高校に通うとは。

「…っと、本当に陽が暮れちまう。お前も早く帰れよ」

そう言われてまたくしゃりと黒子の頭を撫でる。
頬が熱くなるのを感じながら黒子は御礼を言う。

「あの、ありがとうございます、あ…えっと」

「火神。火神大我。それに大したことしてねーし、気にすんな。また、バスケやろーぜ」

そう言い残して彼は急ぎ足で帰っていった。黒子は火神を最後まで見届けたあと、思い出したかのように顔を赤く染め上げた

「火神、くん」

彼の優しさが、強さが、黒子を惹いた
火神が触れた箇所がなんとなく熱を持っているような感覚を覚える

「これが、一目惚れというやつなのでしょうか」

彼と、一緒の学校に行きたい。
彼と、同じコートに立ちたい。
できるのであれば、彼の隣にずっと…。
黒子はそう強く思った。




***



夜。先程、黒子と火神がバスケをしていた場所。

キセキの世代と呼ばれるメンバーが集まっていた。

「まったく、なんなんスか〜。夜更かしは肌の大敵なんスよ!?」

その中のひとりである黄瀬が呼び出した張本人である赤司に文句を言う。
それを、いつものようにお菓子を食べながらぼんやりとみている紫原、眠そうに欠伸をかみ殺している青峰、溜め息をつく緑間。

「一々五月蝿いのだよ黄瀬。わざわざこんな夜遅く、ここに呼び出したのにはそれ程大事な用があるからだろう」

赤司は一息つき、メンバーの顔を見渡す。

「真太郎の言うとおりだ。落ち着いて聞いてほしい。特に涼太…あと大輝」

「んだよ、それってテツがいない場で話すようなことなのか?」

青峰はこの場に黒子がいないことの不安を口にした
それは赤司以外誰もが思っていたことだ
なぜ、このメンバーで黒子だけいないのか。

「…相変わらず、大輝は勘がいいな」

そしてまた一息つく
ゆっくりと、言葉を紡ぐ




「テツヤが死んだ」



ざわり、と空気が立つ。


「今日の夕方頃、この公園の近くでトラックに跳ねられた。すぐに病院へ緊急搬送されたが、頭を…強く打っていてね。まもなく死亡が確認されたそうだ」

赤司は続けてそう口にする
あまりに突飛すぎて言葉がでてこない
…どうして…。


数分後、紫原が一見興味なさそうな、しかし怒気を含んだ声で赤司に疑問をぶつけた

「なんの冗談?赤ちん」


「嘘、嘘っスよね。そんなわけ、ないじゃないっスか」

「ふざけてんじゃねーぞ、赤司」

泣きそうな声と今にも怒り出しそうな声。
動揺は明らかだった

「冗談でも、嘘でもなければふざけてもいない。本当のことだ」

赤司ははっきりと、言った。
その瞬間、黄瀬は瞳からボロボロと涙をこぼし始める

「嫌だ。黒子っちに会えないなんて、嘘ッス、そ、そんなわけないッス、ぅ、うえ、黒子っちぃ…」

まるで洪水のように涙が溢れては地面に染みを作っていく
青峰や紫原は泣きはしなかったものの、

「テツ…」

「黒ちん…」

それぞれ、黒子の名を呼ぶ。
俺達は、なにをしていたんだろう。
あぁ、彼と、コート内で会話しなくなったのは、パスを回さなくなくなったのは、いつからだっただろう

いつの間にか、独りにさせていたことに、胸が痛んだ。

そこで、緑間がふとあることに気がつく

「…赤司、黒子がなぜ死んだと…わかる?その事故が今日なら、病院に搬送されるまではわかっても 死んだ、などとはその場にいないとわからないだろう。


……俺達は、ついさっきまで練習をしていた」


緑間はじっと赤司を睨んだ。その言動に赤司はさすが真太郎、と呟くと至極当然のようにこう答える


「本人に聞いたからだ」





「「「「…は?」」」」



一瞬、時が止まったかのように思ったが、すぐにそれは解かれた


「つまり、こういうことです」


突然、黄瀬の頭上から逆さまになった黒子が現れた

「く、くkkrrrrろrrrこっ!?!?」

黄瀬は思わず後ろにひっくり返る。黒子はふわりとそれを避けると赤司の隣に着地した

「見えるみたいですね。よかったです。ずっと赤司くんの隣にいたのに気づかれないので…。てっきり見えないのかと」


「見えるに決まっている。僕達だからな。気づかれないのはいつものことだっただろう」

そんな会話を交わす赤司と黒子。
信じられないといった表情をする緑間、呆ける青峰、おー黒ちんだー、とあっさり受け入れる紫原。

「く、黒子っちぃいぃいぃ!!!!!!」

感動の再会とばかりに黄瀬は黒子を抱きしめようと駆け寄るが、

「うざいです」

と蹴りを顔面目掛けて繰り出される
身構える黄瀬だったが、感じたのはほんのわずかな風だけ。黒子の蹴りはなんなく黄瀬をすり抜けた。

「あー、やっぱり当たらないですね。でもすっきりするものなんですね、こういうの」


黒子はぱんちぱんち、と言いながら黄瀬の腹も殴る。もちろん当たっていない。

「テツ、本当にテツなのか」

「そうですよ、青峰くん。色々未練があって。それでこちらに残れたみたいです」


呆けていた青峰だが安堵したような表情に一瞬変わるがすぐに曇りがちになる。

もちろん、そう思っているのは青峰だけではなく。
果たしてこの状態は喜ぶべきなのかなんなのか…。

赤司以外のキセキが複雑な心境にいる中、黒子はキセキの顔を見渡し、小さく微笑む。

もしかしたら、彼に会えるかもしれないと期待に胸を膨らませながら。

「では、これから色々よろしくお願いしますね」







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* * *

後書きです。
はじめましての方ははじめまして。
今回、このリレー小説の第一話を書かせていただきました。りや と申します。
いつもはイラストサイトやってます。

で、火黒要素どこいったし。あと火神の口調って…どんなんだっけ…!?みたいにもなりまして、変な感じになってるかもしれないです。申し訳ない。
でも次のお話からは素敵文です。
そりゃあもう。だってきららんだもの。

それでは長くてもあれなのでこれで。

ありがとうございました!

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