ちゃんと伝えろ


一夜の間違い、そのはずだった。




「なあ。キス、してよ」

甘えるような声が耳を擽る。仕方無しに言う通り口を寄せてやれば、満足気に目が細まった。

「可愛いな」
「……っせえな、そういうのは無しだろ」
「え?なんで。事実じゃん」
「甘ったるくて嫌」
「えええ……残念」

そんなことを言いながら、やつは俺を押し倒す。安っぽいスプリングが軋んだ。
カサついた唇が肌をなぞる。胸元へとちり、と走る痛み。痕を残すなと毎回言っているのに、こいつは言うことを聞いてくれない。最近じゃもう一々注意するのも面倒くさくなっちまった。

「は、あ」
「いい声、もっと聞かせてよ」
「や、だよ」
「そればっか」
「ッ噛むな」
「好きなくせに」
「ちが……ッあ!」
「ほら、ね?」

ガリ、何度も胸に噛みつかれる。繰り返される痛みに少しづつ感覚が麻痺していく。おかしい、こんなもの知らなかったはずなのに。1度きりの関係ならば、覚えることなんてなかったのに。こいつはどうして、俺に付きまとってくるんだ。





────────



事後特有の倦怠感。
ベッドにぐったりと倒れ伏していれば顔に影がかかる。ちゅ、またしても触れる唇にじとりと視線を向けた。

「そんな顔しないでよ」
「やめろっつったろ」
「キス、嫌い?」
「そういうんじゃなくてだな」
「君とたくさんしたいんだよ」
「恋人じゃねえだろ」
「えっ、恋人でしょ?」

「……………………は?」


まるで頭を殴られたかのような衝撃に呆然とする。いつ、こいつと、恋人になったって?!


「おま、そんなこと一言も言ってねえだろ!」
「最初に言ったよ!好きだって!」
「セフレへのリップサービスだろうが!」
「可愛い恋人に対してだよ!」


どうやら俺たちはとんでもないすれ違いをしていたらしい。


ちゃんと伝えろ


「これから毎日言い続けるからね」
「うぜえからやめろ」
「やだよ、愛してる」
「やめろバカ!!!」

2024.06.22
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